慶応野球部「新旧2人の監督」が起こした地殻変動  「エンジョイ・ベースボール」に30年の試行錯誤

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今大会で、慶応では「声出し」が禁止されていることが話題になった。これも上田時代からの教えだ。

真意は「声を出すな」と言っているのではない。

「さあ、行こう!」とか、「オー!」などという意味のない言葉はいらない。むしろ具体的な指示やアドバイスがかき消されてしまう。慶応のベンチにいる選手は、捕手が投球を後ろに逸らしたと同時にベンチ内で立ち上がって「ゴー!」「ストップ!」などとジェスチャーでランナーに知らせる。常に集中して意味のある声を出せということなのだ。 

甲子園の決勝戦、仙台育英の最後の打者となった安打製造機の1番打者、橋本航河外野手への配球は圧巻だった。慶応の小宅雅己投手と渡辺憩捕手のバッテリーは、初球のカーブのあと、打者の腰付近の内角直球を4球続けている。ファウルで粘られたが、スライダーを挟んで、最後も内角直球で勝負して打ち取った。

学生コーチやベンチ入りできなかった選手が球場に通って分析したデータが生かされたのだろう。データを信じて対峙したバッテリーの勝利だ。この試合までに6割近い打率をあげていた橋本選手を、この日は5打席を完全に封じたことが勝利につながった。

仙台育英のスポーツマンシップ

森林監督は著書でスポーツマンシップの価値について、こう書いている。

「特に負けたときが重要で、(中略)礼儀正しく相手を称えられるのか。審判やチームメイトの所為にすることなく、敗戦を正面から受け入れられるのか」

決勝の試合中、慶応の一塁ランナーが盗塁した際、相手の野手と交錯して立ち上がれないのを気遣ったり、捕手邪飛でアウトになった選手までがマスクを拾って、相手捕手が戻るのを待って手渡す場面も見られた。相手チームの本塁打に拍手をする場面もTikTokにアップされている。

森林監督が著書の中で「カンニング」と戒めるのが打者による捕手の位置確認だ。高校野球の中継を見ていて、打者が構えたときにチラッと横目で捕手の位置を確認する場面をたびたび目にする。捕手が構えるコースがわかれば球種を絞ることもできる。

決勝戦を闘った選手のビデオを見直していて気づいた。仙台育英も慶応も、「チラッ」という動作は皆無と言っていいほどない。優勝インタビューに答える慶応の選手たちの言葉に、仙台育英・須江監督だけでなく、選手全員がベンチで立ちながら拍手を送る場面は忘れられない。

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