慶応野球部「新旧2人の監督」が起こした地殻変動  「エンジョイ・ベースボール」に30年の試行錯誤

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その“苦言”は監督にも容赦なく浴びせられる。高校のある日吉(横浜市)のグラウンドで、私が練習試合を見ていたときのことだ。

「さっきからポカポカフライばかり上げやがって。ゴロを打て! ゴロを!」

すかさずベンチから声が飛ぶ。

「ゴロでなく、ライナーでええで」

関西出身の主力バッターの声だ。ゴロを打とうとするとフォームが崩れる。ライナーを打つくらいの感覚で振るべきだとは、普段から上田氏が諭していたことだ。

苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた上田氏だが、試合後、私におどけてみせた。

「ああいう選手がいるからいいんだ。ムカつくけどチームのためになる。監督って楽じゃないよ」

私はかつて慶応高校野球部の密着取材をした時期がある。それをまとめたのが2006年に出版した『マイナーの誇り 上田・慶応の高校野球革命』(日刊スポーツ出版社)だ。エンジョイ・ベースボールを選手がどう受け止め、チーム力を上げるために何が必要かを悩みながら成長していく過程を追ったドキュメントだ。

「任せて、信じ、待ち、許す」

2015年の夏の大会後、上田氏は退任する。自分の後継者として森林貴彦監督を指名した。森林監督の著書『Thinking Baseball 慶應義塾高校が目指す“野球を通じて引き出す価値”』(東洋館出版社)は、高校野球の指導者向けに書かれている。

そこで森林監督が高校2年ときに監督に就任した上田氏に言われた言葉に触れている。

「セカンドへのけん制の新しいサインを、自分たちで考えてみなさい」

選手はサインに従うだけという価値観しか持っていなかった森林氏は、

「そんなことしていいんだと非常に驚いた」と振り返っている。

森林監督は、エンジョイ・ベースボールを上田氏以上に徹底し、それを深化させ、さらに言語化していく。著書のなかで選手に接する心得について明かしている。

「任せて、信じ、待ち、許す」

選手の自主判断に任せない指導のほうが勝利には近道かもしれないが、「選手のためにならない」と一蹴している。

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