ほとんどのトップマネジメント層は派遣も戦力だという考え方にシフトしているという感触があります。しかし、特に大企業は方針が現場に落とし込まれる過程でいろいろな形に変わったり薄まったりしてしまう場合があり、そこのコントロールには随分企業によって差がありますね。
日本人は総じて悲観的であり自虐的になりがちですが、実は日本の企業や技術、製品に対する価値は今でも非常に高いと思います。リーマンショックを機に、次は新興国に進出してローエンドなところをボリュームゾーンとしてやるべきだという流れがあります。それは正しい。
ただ、新興国もマーケットとしてのパイが大きくなれば富裕層も増えてきます。どんな国であろうと富裕層はいいモノが欲しいんです。今後は品質がわかる層に売れる日本企業ならではの製品作りが求められるでしょうし、すでに日本の製造業はその方向に舵が切られ始めていると感じます。
--企業の長寿には長寿の理由があると思います。メイテックが“100年企業”になるために、トップは何をすべきだとお考えですか
老舗と呼ばれる企業は本当にすばらしいと思います。さまざまな変化や危機をくぐり抜けてきたわけですから。
今はあらゆるもののパラダイムが変わる予見不能の時代です。今まで以上に的確な判断を継続的に行っていくということが非常に難しくなっています。しかし、混迷のときだからこそトップはビジョンを示さなければなりません。トップは有事であろうと平時であろうと、ビジョンをいかに示すかが大切であり、社員にどれだけ共感してもらえるかが存続のカギとなるのではないでしょうか。
私自身も本を読むほうだとは思いますが、経営者の方は皆さんとても勉強をされていますよね。でも、本はあくまで知識であり、実際現場でどう生かすかが問われます。経営はアートだと思うのですが、ヒトで構成される組織をどうマネジメントして力を最大にするのかということが重要なんです。
そして社長は本当に孤独なポジション。社長にしか見えない景色があるんです。私自身、社長室長のときでも社長の景色が見えていたと思っていましたが、いざ社長になって実は見えていなかったことに気づかされました。
上場企業であれば株主からのプレッシャーもあります。特に当社は外国人持ち株比率が50%くらいありますのできついですよ。いろいろとプレッシャーのある仕事ですが、それでも面白いと思えなければ経営はできません。
(撮影:梅谷 秀司)
1958年愛知県生まれ。1984年メイテックに入社し、社長室長、人事部を経て1995年に取締役に就任し人事部長と経理部長を兼任する。1996年専務取締役人事部長・経理部長、99年から現職。2006年からはグループCEOも兼務。社団法人日本経済団体連合会理事、一般社団法人日本エンジニアリングアウトソーシング協会代表理事。
■CEOへの道は、エグゼクティブ向けの人材会社・経営者JP主催のセミナー「トークライブ・経営者の条件」との連動企画です