フィッチはアメリカ政府に対し、事前に格下げの方針を伝える際に、「1月6日事件」、つまりドナルド・トランプ前大統領の支持者たちによる2021年の連邦議会襲撃事件のことを何度も指摘したと伝えられている。
たまたま今年の同じ8月1日に、トランプ氏は本件について連邦大陪審から起訴されている。司法省が任命したジャック・スミス特別検察官は、「アメリカの民主主義の中枢に対する前代未聞の攻撃だった」と述べている。
ところが、この訴訟の結果、トランプ支持者はますます結束を強めることが予想されている。過去2回の起訴(ポルノ女優に対する口止め料支払いに関する件、政府機密文書の自宅への隠匿疑惑)もまったく同様であった。今のアメリカでは国論の二分化が行くところまで行ってしまい、政治が機能不全に陥っている。
そして共和党は減税を目指し、民主党は歳出の拡大を図る。結果として、財政の悪化が止まらない。これではアメリカ国債の格下げもやむをえないのではないだろうか。
与野党対立で、せっかくのカードが台なしの「危機」
これに若干のテクニカルな問題も加わる。今年1月から5月にかけて、アメリカの債務は法廷上限(31.4兆ドル)に達していたために、同国の財務省は新たな国債を発行することができなかった。ゆえに、手元資金が極限まで減っていた。
となれば、この夏は国債を増発して、元に戻さなければならない。この夏以降は国債の入札額が増えるので、もともと金利は上昇しやすい地合いにあった。
しかもFRBは、利上げの傍ら、QT(量的引き締め)を実施中である。年初の時点でFRBのバランスシートは8兆5074億ドルであったけれども、それが直近の7月31日には8兆2067億ドルまで減少している。この間に相当額のアメリカ国債が市中に放出されたことになる。需給関係から考えても、金利は上昇しやすくなっているのである。
アメリカ経済にとって、アメリカ国債は強力な武器の1つである。これがあるからこそドル基軸制が成立し、今も世界の外貨準備の6割弱がドルになっている。ロシアや中国は何とかしてドル以外での決済を増やそうとしているが、投資家の立場からすれば、世界で最も安全な資産であるアメリカ国債の魅力は否定しがたい。
ところが、アメリカ政治は不毛な与野党対立から、このせっかくのカードを台なしにしてしまいかねない。フィッチが指摘する「ガバナンスの劣化」とは、まさにこのことではないだろうか。
冒頭のジョークに登場したブッシュ・パパ大統領は、“It’s the economy, stupid !”(問題は経済なんだ、馬鹿野郎!)というスローガンを掲げたビル・クリントン候補に敗れ去った。今であったら、“It’s the politics, stupid !”(問題は政治なんだ、馬鹿野郎!)と言わねばならないところであろう
(本編はここで終了です。このあとは競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)
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