「必ず後に続く」訓練で散った特攻仲間への「誓い」 待ってろ、明日には出撃命令が出るはずだ

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引き返すに当たっては明朗に

父 山本琢郎 真室川陸軍飛行場 昭和20年5月

昭和20年5月13日、第三練習飛行隊(昭第一八九九七部隊)から布告が出た。隊付の将兵をもって、第二七三隊から第二九八隊までの26隊を特別攻撃隊として編制する、というものであった。

琢郎ら6人は第二七五神鷲隊となった。

<隊長 山本琢郎/隊員 大石克人、安倍義郎、松海孝雄、青木稔、後藤喜平>

いずれも少尉で特操一期生である。

同じように、特操一期生だけで編制された隊は7つあった。特別攻撃隊要員に対して、『極秘 と号空中勤務必携』という冊子が配られた。

表題の下には、『吾れは天皇陛下の股肱(ここう)なり国体の護持に徹し悠久の大義に生きん』とあり、

続いて、『と号部隊とは敵艦隊攻撃のため高級指揮官より必中必殺の攻撃を命ぜられたる部隊を言う』『と号機とは右部隊に使用する飛行機を言う』

次の頁には、『と号部隊の本領。生死を超越し、真に捨て身必殺の精神と、卓抜なる戦技とを以(もっ)て、独特の戦闘威力を遺憾なく発揮し、航行または泊地における敵艦船艇に邁進衝突をなし、これを必ず沈没させて、敵の企画を覆滅し、全軍戦捷(せんしょう)の途(みち)を拓くに在り』

『先ず肚を決めよ而る後』

『任務完遂の為には精神的要素と目標に必達する機眼と技能とが必要である。これしかない』

『唯訓練あるのみ。訓練は聴く練る鍛える必勝の信念は千磨必死の訓練に生ず。飛躍せねばならぬ敵は時を待たない。最速に五輪書の境地にまで、至らしめよ』

『愛機と共に寝、共に飛び、共に死ぬ』

以下、部隊長の心得、訓練時の心得、攻撃は単独ではなく組織的に行うよう、そして敵機と遭遇した時の対処、中途から引き返す時の心得と続き、

『引き返すに当たっては落胆するな。明朗に潔く帰ってこい』と続いた。後は具体的な攻撃方法とか、気象学、敵艦の識別要領について書かれてあった。

と号要員となったこの日からの食事は銀シャリ(白米)となり、生卵が付くようになった。

「お前達が食べる1日の3食は、部隊の多くの兵隊達が辛抱して、食わせてくれているということを、しっかりと肝に銘じておくように」

食事が始まる前に、上官が訓示を与えるのであった。

発令のあった翌日、特攻隊要員全員が集合して万歳を三唱し、必死の覚悟を誓い合った。後は、これまでと同じ訓練が続けられた。

5月18日、訓練の合間に八戸の地元の人達が慰問に来た。

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