原発「処理水」放出、あきらめと不安、憤りの間で 福島の漁業関係者に聞く、復興への苦難と思い

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理由は震災時にはみな原発や放射能について無知だったが、この12年で勉強して知識を身につけたからだという。大川さん自らも東電から何度か説明を受けて、「処理水」の放出自体には問題がないと考えているという。しかし懸念もある。

「東電は説明も仕組みも完璧ですが、運営になると時々ポカをします。福島第一原発では何千もの人が働いているんで、ちゃんとミスなくやれるのか。しかも何十年もの間続けて。私らは何回もポカされて、そのたびにズッコケてきた。タンクを作った頃は周りに水を漏らしちゃって、そんな報道があるたびに店が静かになった。だから不安がないわけじゃありません」

地元の消費者に支えられて売り上げ好調な中、大川社長は「処理水」の海洋放出には楽観的だ。しかし、一度ミスが生じた時に起こる事態の怖さを忘れてはいなかった。

それは営業を再開した直後にツイッターで外国産の水産加工品などを宣伝すると、「汚染された魚を売るのか」と書き込まれ、出張販売先では面と向かって「福島の魚屋お断り」と言われた経験があるからだ。

漁業者と共通するトラウマを感じる。「処理水」海洋放出の影響を受ける当事者たちは前向きの姿勢をとるが、心に原発事故で負った傷を抱えて走っているのだ。

海洋放出開始が迫る中で

今回、取材した漁業・水産関係者は「処理水」海洋放出の科学的、技術的安全性については東電や政府の説明を信用していた。他方で、放射性核種トリチウムの生態系の中での長期的影響や、汚染水の処理技術と運用の信頼性に疑問を持ち、注意深く見守る市民もいる。

同じいわき市にある「いわき放射能市民測定室たらちね」。2013年に設立された、市民からの寄付金で賄われるNPO法人で、福島県内外の食物に含まれる放射性物質の測定や、海の環境放射能の測定などを行ってきた。

2022年の秋、緊急募金をして2500万円もかけてトリチウムを測定できる測定器を購入。専門家と連携して、今後、福島の沿岸部や、東電が作った「処理水」放出口近くなどで海水や魚介類を採取、データを集積して海洋放出の影響を監視し続けるという。

事務局長の木村亜衣さん(44歳)は「万が一のことがあっても、準備は万端」と言う。

早朝からサーファーが集う福島の海(南相馬市北泉海水浴場 撮影・筆者)

「処理水」の問題はこれまで福島県内、それも漁業関係者の問題として矮小化されてきた。

しかし福島の海は日本全国に、中国や韓国をはじめ世界の国々につながっている。「処理水」放出に異議を唱える海洋環境のステークホルダーたちも多い。

7月のIAEAの報告書は「日本政府の決定を支持するものではない」と慎重な但し書きをつけている。国民や近隣国との合意形成など、政府による「方針決定」のプロセスは検証されていないからだ。

国はこの夏にも放出開始を決定する構えだ。だが、外交問題に発展し、国内の合意も十分な見通しが立たない中、「処理水」海洋放出という国策の行方は不透明なままだ。

七沢 潔 ジャーナリスト 中央大学法学部客員教授

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ななさわ きよし / Kiyoshi Nanasawa

1981年早稲田大学政治経済学部卒業後、NHKに入局。ディレクターとして主に沖縄、原発、戦争に関するドキュメンタリー番組を制作。長年にわたりチェルノブイリ、東海村、福島で起きた原子力事故を取材してきた。テレビ番組に『原発立地はこうして進む〜奥能登土地攻防戦』(1990年)、『チェルノブイリ隠された事故報告』(1994年)、『ネットワークでつくる放射能汚染地図〜福島原発事故から2ヶ月』(2011年)、著書に『原発事故を問う〜チェルノブイリから、もんじゅへ』(岩波新書、1996年)、『東海村臨界事故への道〜払われなかった安全コスト』(岩波書店、2005年)、『テレビと原発報道の60年』(彩流社、2016年)など。

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