(第62回)迫る炎に油を注ぐ愚 インフレに金融緩和

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需要抑制できなければスタグフレーションに

欧米諸国が金融引き締めに転じるのは、いうまでもなくインフレ抑制のためである。日本はこれまで物価上昇がなかったので、その必要はないと思っている人が多い。しかし、これまでも物価動向は国内の需給ギャップではなく、国際的な価格に影響されてきた。

90年代以降、物価が上昇しなかったのは、新興国の工業化で工業製品価格が下落したからである。資源価格が上がれば、日本国内の消費者物価も上昇する。それは08年に経験したことだ(グラフに明確に示されている)。経済危機によって需要が急減する真っただ中で物価が上昇した。「需要不足のために物価が下落する」という考えがまったく誤りであることがはっきりと実証されたのだ。それにもかかわらず、日本の論調は変わっていない。実に不思議なことだ。

当時は為替レートが円高方向に動いていたので輸入インフレはある程度抑制された。しかし、今は円安方向に動いている。インフレ輸入の可能性はより高い。

必要なのは、金融を引き締めて円安を防ぎ(できれば円高を実現し)、海外からのインフレ輸入を防ぐことである。日本は石油ショックの時、そうした政策を教科書どおりに行った。現在の日本は石油ショック時と同じような供給制約に直面している。石油ショック時の供給制約は全世界で生じたが、今は日本だけが深刻な供給不足に直面している。総需要抑制、金融引き締めを行う必要性は、今のほうが高いのである。このまま円高回避政策を続ければ、石油ショック後のイギリスと同じ状況に陥る。

日本はあまりに長い間、需要不足(正確には古いタイプの生産能力の過剰)に悩まされてきた。経済危機でそれが拡大した。だから、「何がなんでも需要の追加が必要」という観念に凝り固まってしまったのも、やむをえないかもしれない。しかし、日本経済の条件は一変したのである。

石油ショックの時には、消火活動は迅速になされた。だから火災の拡大を防げた。今の日本は、消火に動こうともしていない。それどころか、国債の日銀引き受けによって火に油を注ごうとしている。破滅に向かってまっしぐらの道を進もうとしているのだ。

92年のアメリカ大統領選挙の時、クリントンはIt,s the economy, 
stupid!(湾岸戦争で勝ったといっても、国民の関心は経済なんだぜ)と言った。世界金融危機から経済が回復し始めた時、イングランド銀行総裁のキングは、It,s the levels,stupid!(重要なのは成長率でなく水準なんだぜ)と言った。こうした「はしたない」表現を私は使いたくないのだが、今の日本の状況を見ていると、こう叫ばざるをえない。It,s the supply side, stupid!


野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授■1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省(現財務省)入省。72年米イェール大学経済学博士号取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より現職。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書は『金融危機の本質は何か』、『「超」整理法』、『1940体制』など多数。(写真:尾形文繁)


(週刊東洋経済2011年4月30日−5月7日合併号)
※記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。 撮影:吉野純治
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