さかのぼること2020年10月、ゼレンスキー大統領は、オレフ・クリニチをSBUクリミア総局長に任命した。クリミア総局はヘルソン州を拠点とし、そのトップはロシア占領下のクリミアに展開するエージェント網から入る情報を総括する極めて重要なポジションである。
しかし、クリニチは、全面侵攻直後に同職を解かれ、昨年7月に国家反逆罪の容疑で逮捕が発表された。FSB第5局が管理するロシアのスパイだったのである。
ウクライナ国家捜査局が公表したFSB第5局ウクライナ担当幹部宛て起訴状によれば、2022年2月24日午前1時3分、クリニチは、3時間後にクリミア半島のロシア軍がヘルソン州に侵攻を開始することや関連情報を掴んだが、この情報をSBU本部に打電せずに握りつぶした。
これがウクライナ側の初動に影響し、ロシア軍に有利な状況が作り出されたとされる。また、クリニチは、全面侵攻の始まる数時間前に国外逃亡したアンドリー・ナウモフ(SBU内部保安局長)をSBU第1副長官に就任させる人事も画策していた。
「仲良し」人事は高い代償を払うことに
クリニチ任命の鍵を握るイヴァン・バカノウSBU長官は、クリニチの逮捕が発表された7月に、「公務の遂行を怠り、それによって死傷者その他の重大な結果が生じた、あるいはそのような結果の脅威が生じたこと」(ウクライナ軍懲戒法第47条)を理由に、大統領令によって公務遂行を停止され、議会によって解任された。
クリニチを通じたSBU中枢に対する浸透工作は、2019年5月にゼレンスキーが大統領に就任し、自らの幼馴染で芸能プロダクション社長のバカノウをSBU長官代行に任命した頃から始まった。「仲良し」人事は高い代償を払うこととなった。
「21世紀のチャーチル」にも喩えられるゼレンスキーだが、そこに至るまでは紆余曲折があった。2019年春の大統領選前、ロシアによる違法なクリミア併合および東部侵攻によってウクライナでは民間人含め1万3000人の死者、150万人の国内避難民が出ていた。
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