「ナチスに人生を狂わされた」公証人の心の拠り所 映画『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』の見所
何度も繰り返される尋問、どこかから聞こえるうめき声、話しかけてもひと言もしゃべらない看守、そして本を読むことを禁じられた日々。
そうしたことの積み重ねが少しずつ彼の精神をむしばんでいく。だが彼が精神を正気に保たせるために、心の拠り所にしたのは、彼がひょんなことから偶然に手に入れたチェスの指南書だった——。
本作のメガホンをとったフィリップ・シュテルツェル監督は、『アイガー北壁』『ゲーテの恋〜君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」~』などの映画作品や、マドンナやミック・ジャガーなどのMV、さらには数々のオペラ作品の演出を手がけるなど、マルチな才能を誇るクリエーター。現実世界と狂気の世界、そして回想シーンなど、さまざまな視点を渾然一体となって描き出し、そこから生み出された大きなうねりとともに、観客を揺さぶり続ける。
なお余談だが、本作の撮影が終わったのは、新型コロナの感染拡大防止のために、オーストリアの都市がロックダウンされることになった直前だったという。舞台の演出家としても活動するシュテルツェル監督は、舞台の仕事もままならなくなったというが、その分、主人公のヨーゼフ同様、外に出られない状況の中で編集作業などを行うことができたと振り返っている。
主演俳優は徹底的な役作り
本作の主人公ヨーゼフを演じるのはオリヴァー・マスッチ。2015年の映画『帰ってきたヒトラー』でアドルフ・ヒトラーを演じ、ドイツ映画賞主演男優賞にノミネートされた彼が、今度はナチスに人生を奪われる人物を演じることになった。
本作でも、人生を謳歌していた時代の、艶やかな雰囲気、ジョークを愛する上流階級の洒落者の雰囲気と、人生が一転してからのやつれ果てた姿を、驚くべき演技力で演じ分けた。
さらに役作りとして、人生が変わる前後の見た目の違いをハッキリと見せるため、マスッチがやせるための撮休時間をスケジュールに組み込んだのだという。そんなぜいたくな撮影が、彼のリアリティーあふれる演技に寄与している。
10代の時に原作小説と出会い、深く感銘を受けたというシュテルツェル監督は、自由な世界が一瞬にして覆されてしまうという世界の不条理に、現代との共通点を見いだし、警告の思いを込めて本作をつくりだしたという。不安定な世の中だからこそ、本作の物語が胸に迫る。
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