甲状腺がん裁判、「東電主張の被曝評価は過小だ」 原告弁護団長が語る、勝訴確信の科学的根拠
――黒川氏の意見書では、どのようなことが述べられているのでしょうか。
今年1月に裁判所に提出した最初の意見書(黒川第1意見書)は、福島市の中心部に設置されたモニタリングポストで計測された原発事故直後からの空間線量率や波高分布から放射性核種の量を割り出した論文に着目し、放射性ヨウ素131による甲状腺被曝量について考察している。
高エネルギー加速器研究機構の平山英夫氏の3つの論文を基に考察した同意見書によれば、2011年3月15日夕方から16日未明にかけて福島市に襲来した放射性プルーム(雲)を呼吸によって体内に取り入れたことによる「1歳児の甲状腺被曝量(甲状腺等価線量)は約60ミリシーベルト」という計算結果が示されている。
これに対して、東電が根拠するUNSCEAR2020/2021報告書が用いている論文で使われていたシミュレーション解析では、3月15日から16日にかけての放射性プルームをとらえていなかった。この時に福島第一原発から放出された放射性物質の濃度が大きいプルームは常識では考えられないような速い沈着速度を持っていたため、福島市に届かなかったことになっている。
その結果として、UNSCEAR報告書におけるヨウ素131の大気中の時間積分濃度が、モニタリングポストのデータを用いて計算した平山論文に基づく黒川氏の推計と比べてわずか100分の1に過ぎないことが判明した。
このようなUNSCEARの報告書の被曝線量評価は実際に計測された空間線量率などに照らしてもまったく信頼できず、非現実的であることが黒川氏の意見書で明確に説明されている。
黒川意見書に東電は反論できるのか
――東電は黒川氏の意見書の内容に、どのように反論しているのでしょうか。
黒川氏の意見書3通は1月から5月にかけて順次東京地裁に提出したが、東電からの反論書は届いていない。次回の裁判は6月14日だが、東電の反論はそれ以降になると見られる。
5月30日に提出した第3意見書では、UNSCEAR報告書が採用しているScaling(スケーリング)法による大気中時間積分濃度の評価の仕方に根本的な欠陥があることが詳細に示されている。今後、黒川意見書への東電の対応が裁判における大きな注目点になるが、反論は容易ではないだろう。
――そのほかの主要な争点は。
呼吸による体内への取り込みのほかに、食品の摂取による内部被曝の問題についても立証していく。政府が食品衛生法に基づく暫定基準値を定め、出荷制限を指示したのは2011年3月17日。これを受けて各都道府県がサンプル調査を始めたが、調査は速やかに進まなかった。
厚生労働省と農林水産省は3月21日、福島県の原乳や福島県、茨城県、栃木県、群馬県のホウレンソウとカキナを対象に出荷制限を指示したが、その後も卸売市場などを通じて多くの生鮮食品の流通が続いた。こうした事実からも、食品を通じた内部被曝は小さかったなどとは到底言えないだろう。
「スクリーニング効果」と呼ばれる問題も重要な争点だ。東電は福島県県民健康調査で見つかった300件以上に及ぶ小児甲状腺がんの多発について、見かけ上健康な人をあえて検査することによって、見かけ上の有病率が高まる「スクリーニング効果」によるものだと主張している。
放っておけば進行が穏やかで悪化することの少ない「潜在がん」を、高感度の超音波検査を実施することで多く見つけ出している、という主張だ。しかし、すでに300人以上もの甲状腺がん発症が確認されているうえ、多くの場合で手術が行われている。7人の原告の多くも病状が深刻だ。潜在がんとはかけ離れている。
――原告の被害救済の重要性についてどのように考えますか。
原告は今後、社会に出てからの人生のほぼすべてを甲状腺がんの患者として生きていくことを余儀なくされる。就職や恋愛、出産、結婚などで、大変な困難に直面せざるをえない。民間の医療保険に入ることも、住宅ローンを組むこともままならない。そのような原告の実情を直視し、科学に基づく公正な判決と被害の救済を求めたい。
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