養老孟司「成熟した人間の姿がわからない現代人」 なんでもネットに答えを求める人たちの末路

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養老:いまのお話をもう少し進めると、現代人は「成熟した人間の姿」がわからなくなっているような気がします。子育ての目標を進学や就職とリンクさせすぎるために、本来目標とするべき「成熟した人間像」が思い描けないのかもしれません。

「成人式が荒れる」のは、その証左とも言うべき現象でしょう。成人するとはどういうことかが、本人たちも、祝福する側の大人たちもわかっていないのです。

死を悟った子は急速に成熟する

高橋:私自身、自分が成熟した人間かどうかわからない部分もあるのですが、養老先生とお話をしていて、ふと恩師の言葉を思い出しました。

それは、ユーイング肉腫という悪性腫瘍で入院していた当時5歳くらいの子どもを回診したときのことです。ふだんは無口で、ちょっと厳しい感じもする恩師がふと、こう言ったのです。「子どもは死を悟ると、みんな、天使のようになる。切ないね」と。

このとき私は、「死を現実のものとして受け入れた瞬間に、心の奥底から沸々(ふつふつ)と『共感する力』が湧いてくるのではないか」と思いました。

それまで「注射はイヤ」「薬はイヤ」「入院はイヤ。おうちに帰る」「まだ寝たくない。テレビ見る」などワガママばかりで、およそ手に負えない子だったのに、しだいに医師や看護師、親、周りにいる同年代の患者さんに、共感を寄せ始めました。相手の立場になって考え、行動できるようになったのです。

小児科医の本当に狭い視野ながら、私はそこに「急速な成熟」を感じ、「成熟するとは、こういうことだ」と思いました。子どもに限らず、大人も同じですよね。「成熟した大人とは、共感する力のある人」だと、私は思っています。

人間関係に関わるさまざまな実体験を経て、人は「自分がこういうことをすれば、相手はこんなふうに感じる」ということを五感を通じて学習します。その過程で想像力が育まれれば、初めてのことや困難に直面したときも、想像力を働かせて解決しようとする姿勢が自然に身につくでしょう。

また言ってはいけないこと、やってはいけないことを経験的に理解し、人を傷つけるような行動に歯止めをかけることもできるようになる。そんなふうに想像力が身につけば、おそらく子どものころに「共感する力」のようなものが芽生えるはずです。相手には相手の考えがある、相手のルールがあるということを理屈ではなく感じ取れる力は、人を幸せにしてくれます。

人間が1人で手に入れられる幸せなど、大したものではありません。でも人の幸せをともに喜び、人の苦しみをちゃんと理解し、寄り添うことのできる人は成熟した大人だし、幸せになれる人だと思います。だから、死期の迫った子どもが急速に成熟していくことは本当に切ないことなのです。

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