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30歳「日本語で歌うアメリカ人」の彼が掴んだ天職 17歳で来日し、歌番組で注目されメジャー歌手に

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  • 村田 らむ ライター、漫画家、カメラマン、イラストレーター
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日本人の住む家は狭いため「うさぎ小屋」と称されることがあるが、ニコラスさんは気にならなかったのだろうか?

「練馬の家を出た後は、いわゆるワンルームマンションに住みました。今もさほど広くない家に住んでいますけど全然不満はないですね。

アメリカ人の多くは広い家に住みたがるというのは事実なんですが、うちの母親はミニマリストのような生活をしてました。僕が住んでいた部屋も狭くて、もうなくなっていました。だから日本に来ても、狭さに驚くことはなかったですね。

むしろ狭くて驚いたのは居酒屋でした。10席に満たないような飲食店はオレゴンには一軒もなかったんです。ただ今ではそんな狭い居酒屋にむしろ居心地のよさを感じています」

ニコラスさんは、日本の実家で生活しながら、レコード会社に持ち込んだり、応募したりを続けていった。

東日本大震災後、テレビの歌番組に出演

日本に来た翌年。

2011年、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生した。震源地は東北だったが、東京もかなり揺れた。

「たまたまアメリカの母親と電話をしているときに地震が発生したんです。揺れだして、お姉ちゃんが真っ白になって叫んでいるところで、プツンと切れました」

(筆者撮影)

その後、2~3時間はネットがつながらなかったという。情報が入ってこないお母さんにとっては、気が気でない時間だったろう。

「僕は反射的に食器とか、落ちて割れそうなものを押さえました。『大きい地震だ』とは思ったんですけど、アメリカでは地震を経験したことがなくて、どれくらい大きいのかがわかりませんでした。

お姉ちゃんが泣き出したのを見て、そのときにやっと『とても大きい地震なんだ』と理解しました。でも正直、事態を把握するには人生経験が不十分でした。もちろん、東北の方々がどれだけ怖い思いをされたか、想像もつきません。

地震の後は何をしたらいいのかわかりませんでした。

『僕は歌うと決めたのだから、歌うことで世の中に貢献できれば。誰かの癒やしになれれば』と自分に言い聞かせて、めげないで活動を続けていました」

地震から数カ月後、テレビ局から連絡があった。

「『のどじまんTHEワールド!』という番組をはじめるので、出場しませんか?」

という誘いだった。

日本の歌を愛する外国人が、歌唱力を競いあうという番組だ。初回は昼に放映される、特別企画の番組だった。

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【ゴールデンタイムで活躍】

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