ネタニヤフ首相は、なぜ選挙に勝てたのか

米国では「チャーチルのようだ」との評価も

3月17日夜、勝利を宣言するネタニヤフ首相(写真:ロイター/アフロ)

イスラエルのネタニヤフ首相は世論の予想を覆してみせた。3月17日の選挙前の数週間から数日間、イスラエルでは彼が敗北するとの見方が大勢だった。が、投票から数時間後、ネタニヤフ首相のリクード党と、最大のライバルのヘルツォグ氏が率いる中道左派のシオニスト連合は、出口調査ではほぼ互角だった。結果は、リクード党の大勝利だった。

勝ち取ったイスラエル国会議席は、シオニスト連合(ヘルツォグ氏)の120議席中24議席に対して、リクード党(ネタニヤフ首相)30議席であった。ネタニヤフ首相は何ら問題なく、右派による連立政権を立ち上げることができる。

イスラエルの右派政党の支持基盤は正統派および超正統派のコミュニティや、西岸地区入植者、そして大部分のセファルディ系およびロシア系のコミュニティだ。過去20年間の中道左派による選挙の勝利は、安全保障に重きを置いた強力な指導者の下で収められている。

現状を擁護するほうが容易

イスラエルの有権者は、数々の敵の脅威にさらされている。イランとその核政策、ヒズボラとハマスとそのミサイル、イラクやシリアなどの国家の破綻の中での「イスラム国」の台頭。こうした背景では現状を擁護するほうが、領土の譲歩を含む和解を提唱するより容易だ。

ネタニヤフ首相の勝利は見事な個人の復活劇だった。選挙前の数週間、長きにわたる在職期間で権力により腐敗し、数々のつまらないスキャンダルにまみれた首相に対して民衆は辟易していた。ネタニヤフ首相は自身の雄弁さとカリスマ、そして脅し戦略を頼りにした選挙運動を展開した。

そして最も重要な点は、彼が大きく右寄りに舵を切り、ライバルたちを出し抜いたことだ。ゆえに、2009年の2国家共存提案の正式な受け入れを彼は選挙の2日前に撤回し、自身の政府はパレスチナの独立国家としての地位を決して認めないと誓っている。

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