アジアに「格闘技帝国」築いた異色の経営者の素顔 ムエタイ、柔術もこなすハーバード卒の連続起業家
チャトリ氏は、ハーバードで学んだこととして、リーダーシップに関するケーススタディを挙げる。「起業家は、リーダーシップを発揮し、従業員を引きつけ、最高のパフォーマンスを生み出してもらう必要がある」との考えを学んだという。
ハーバード・ビジネススクールを卒業してすぐに、同級生とともにアメリカのシリコンバレーでオンラインサービス関連のスタートアップ「ネクストドアネットワークス」を創業。ベンチャーキャピタルから3800万ドル近くの投資を獲得した。
その後、会社を売却してウォール街へ移った。ヘッジファンド勤務を経て、自らもヘッジファンド「イザラキャピタルマネジメント」を立ち上げた。十分すぎるほどに稼いで、ニューヨークにコンドミニアムを買うという母の夢も実現させた。だが、それでも満足できなかった。こうして、チャトリ氏は自身が真に情熱を注ぐ格闘技に戻ってきたのだ。
あるインタビューでチャトリ氏はこう言っている。「ウォール街で何百万ドルも稼ぎたいと思ったし、その望みは実現した。現在の私の原動力は、世界を変え、人々の生活にプラスの影響を与えることです。私は、これまでの人生で最も自分が『生きている』と実感しています」
7歳でムエタイと出会い格闘技人生がスタート
チャトリ氏と格闘技の出会いは、7歳の時だった。ムエタイの聖地であるバンコクのルンピニー・スタジアムへ父に連れて行かれたのだ。
その6年後に13歳のチャトリ少年は、タイ東部のパタヤにあるシットヨートンジムでムエタイの名手であるダオルン氏から手ほどきを受けた。
「こっちにおいでと手招きしました。暑い夏の午後でした」と現在73歳のダオルン氏は目を細めつつ、入門してきたチャトリ少年の姿を振り返る。「頭がよく、いいハートを持っています。がむしゃらで、エネルギッシュです」。
ダオルン氏はベーシックな英語で、チャトリ氏の人柄についてそう教えてくれた。彼はいまチャトリ氏が経営するシンガポールのジムで働いている。インストラクターとしてタイから招かれたのだ。
チャトリという名前は、タイ語で「戦士」を意味する。静岡出身の母も武士の家系とのことで、格闘技はまさに天職と言える。本人も実際にムエタイの選手だったし、ブラジリアン柔術の使い手でもある。
取材に応じたチャトリ氏は、立派な体躯に生気をみなぎらせていた。試合会場で見せる鋭い眼差しとは対照的に、時々おどけた仕草を見せることもあった。
「過去40日でシンガポールにいたのはたった3日なんです」。アジアのみならず世界各地への出張が絶えないチャトリ氏。普通のビジネスパーソンは商談先の近くに泊まるものだが、チャトリ氏の宿泊先は決まってトレーニングジムの近くである。今でも「週6〜7日」でトレーニングする彼にとってはジムこそが最優先なのだ。
ONEはいまや年間の総視聴数が100億回を超えるメジャー団体に育った。それでもなおチャトリ氏は「まだ創業1日目のような気持ちだ」として、さらなる高みを目指す姿勢を崩さない。
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