富士フイルム、iPSベンチャー買収の"深謀" 買収の狙いは「再生医療」だけではない

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ところが、iPS細胞を使えば、この問題は解決できる。同細胞は人体細胞そのものであるため、有効物質の発見が大幅に楽になる。そのうえ、副作用なども見つけやすくなる。遺伝子疾患についても、患者の体細胞から作ったiPS細胞を培養すれば、比較的簡単に病状を再現できるようになる。

さらに、実現に長い期間が必要な再生医療と違い、創薬支援への応用は短いスパンで拡大していける。いちよし経済研究所の山崎清一・首席研究員は「iPS細胞はがん化のおそれがあるため、再生医療に応用するには安全性のハードルが極めて高い。一方、創薬支援への応用は化学物質スクリーニングの試薬としての販売。規制などのハードルは低く、すぐにでも拡大が見込める」と解説する。

再生医療に必要な「最後のピース」

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富士フイルムが狙う事業展開(同社資料より抜粋)

むろん、富士フイルムも中長期的には、iPS関連事業の本丸である再生医療への展開も視野に入れている。

すでに自社で細胞を培養する足場材の技術を有しているほか、日本で唯一、再生医療製品を製造・販売しているジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC)を2014年に子会社化している。再生医療に必要な培養技術と品質管理技術を有する富士フイルムにとって最後のピースが、培養の対象となる万能細胞=iPS細胞の技術だった。「今回の買収で再生医療分野の技術ポートフォリオはほぼそろった」(戸田常務)。

今後の課題は、どれだけ早く採算化できるかだ。CDIの2014年度業績は売上高が約1670万ドル(約20億円)に対し、営業損益は3000万ドル(約36億円)の赤字。売上高のほぼ倍の額の赤字を垂れ流している会社の株式を、直近の株価の倍以上となる1株=16.5ドル、総額3億0700万ドル(約370億円)でTOB(株式公開買い付け)するわけだ。

6000億円以上の現金同等物を抱え、毎年1000億円以上の営業利益を稼ぎ出している富士フイルムにとって、多少の赤字が続いたところで懐が大きく痛むことはない。だが今のところ、いつ黒字になるかは不透明だ。

「日本が開発は先行するものの、利益出すのは結局、米国の企業、という事例が医療業界では多い」(いちよし経済研究所の山崎氏)

iPS細胞の医療応用分野で利益を出せている会社はまだ存在しない。これまでの悪い流れを断ち切り、富士フイルムが同分野で事業を軌道に乗せた初の日本企業となることができるか。

渡辺 拓未 東洋経済 記者

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わたなべ たくみ / Takumi Watanabe

1991年生まれ、2010年京都大学経済学部入学。2014年に東洋経済新報社へ入社。2016年4月から証券部で投資雑誌『四季報プロ500』の編集に。精密機械・電子部品担当を経て、現在はゲーム業界を担当。

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