母を「守らな」20代息子が介護中心生活を送る事情 全存在で「ヤングケアラー」の役割を引き受けて

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倒れた知らせを聞いた瞬間の「頭真っ白」、〈倒れる前〉から抱いていた不安に由来する「〔母を〕守らな」という意識、〈倒れた後〉の「申し訳なさ」、倒れる場面を想像したときの「どうしよう」、これがけいたさんの語り全体を貫く秩序だ。倒れたショックを軸として過去と現在と未来も、想像の世界も構造化されている。「今でも全然あって」というように、このショックは現在まで支配しているのだ。

そしてもう1つの重要なテーマもこの冒頭の語りに登場する。それは沈黙である。けいたさんは「お父さんとあんまり会話することがなかった」と語っている。沈黙の1つ目は父との不仲による会話の不在である。この沈黙は、母を「守らな」という不安と結びつけられている。けいたさんにおいて沈黙は、体が向き合わない、体をそらすという身体の配置と連動する。

母親の沈黙とヤングケアラーとしての姉

さて、母親が倒れた後については次のように語られる。

けいたさん:お母さんは、もう言語障害とまではいかないですけど、あんまりしゃべらなくなって、昔みたいに家族でしゃべるっていうのができなかったっていうのが、やっぱお姉ちゃんと僕からしたら残念じゃないですけど、『すごい申し訳ない』っていうのを2人で思ってて。
僕がお母さんっ子やっただけに、お姉ちゃんが僕の親代わりじゃないですけど、いろんなことしてくれたりとか、家族の晩ご飯作ったりとか、そういうのがあって。お姉ちゃんも高校出て社会人1年目にそれになったんで、やっぱ仕事で大変っていうのもあって、そういうのが重なって、お姉ちゃんも多分しんどかったなって思いますし。

インタビューの逐語録からのこの引用で「~してくれる」というキーワードが初めて登場する。

ここではまず姉が生活を支えて「くれた」ことが話題となる。姉自身がヤングケアラーとして一家を支えたことが何回か語られた。姉は母代わりとなってけいたさんをはじめ家族を支える役割を担った。

このあと「~してくれる」大人がたくさん登場する。この人たちがけいたさんのサポーターであり、その存在が彼の強みになっている。ヤングケアラーは家族のなかでも一人で孤立する場面が描かれることが多い。しかし、けいたさんの場合は支援者だけでなく、家族というチームを持っていることが大きな力となっている。

(1)「頭真っ白」「どうしよう」「申し訳なさ」と母親の病を軸として構成される時間、(2)家族を支配するいくつかの沈黙、に続く3つ目の大きなモチーフが、「~してくれる」というサポートだ。「~してくれた」という大人からの支えをけいたさんは回想し、たくさん語る。この支えのなかで彼自身は「安心」を獲得する。そして、危機的な期間を乗り越え、けいたさんは積極的な自分をつくっていくことになる。

さて、〈倒れた後〉、病の後遺症で母親は語ることができなくなった。父とのいさかいゆえの沈黙、そして次に病を負った母親の沈黙である。さらにもう1つ別の沈黙が導かれる。

けいたさん:僕が中3のときに、やっとお母さんが家に帰ってきて自宅治療が認められたんですけど、それでも自分で何もすることもできない、寝たっきりでっていうのがあって。僕は、変な言い方したら、家にずっとお母さんがおるってなると、僕は申し訳なさがずっと出てあったんで、「ただいま」とか、そういうのってなかなか言えなくて、最初の頃って。やっぱり申し訳ないっていうの、顔を見てると、そういう感情が込み上げてくるんで、最初は全然会話なくて。
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