世界遺産になった「フランスパン」に差し迫る危機 フランスで年間60億本売れでも厳しい現状
バゲットはブーランジェリーと呼ばれるパン屋で売られているパンのひとつで、フランスでは最も人気のあるパンだ。フランスパン連盟によると、国内で年間60億本以上売られており、平均価格は1ユーロ程度(1986年までは定価だった)。
夜明けに漂うパンが焼ける香りや、仕事帰りにほおばっている人まで、バゲットはフランス人にとって物心ついた頃から生活の一部として根付いている。
バゲットの誕生は、多くの都市伝説にもなっている。ナポレオンのパン屋が、軍隊のために軽くて持ち運びしやすいパンを作るために作ったといわれたり、パリのパン屋が、地下鉄建設中の派閥間のナイフ争いを止めるために裂ける硬さにしたといわれたりしている(素手でパンを裂けるのでナイフを使わなくても切れる)。
実は、バゲットは徐々に発展したもので、1600年にはすでにフランスのパン職人によって細長いパンが作られていたと歴史家は言う。もともとバゲットは、農民の重くて丸い1週間もつミケとは違って、いたみやすい商品を買う余裕のある裕福なパリジャンのためのパンと考えられており、フランスの田舎で主食になったのは第二次世界大戦後だと、中世食を専門とするフランスの歴史家ブルーノ・ラウリウは言う。
フランス人と結びつけたのは観光客だった
しかし、バゲットをフランスのアイデンティティと結びつけたのは、フランス人ではない。
「フランス人がバゲットを食べていることを最初に話したのは、20世紀初頭にパリに来た観光客だった」と、バゲットをユネスコに売り込むための学術委員会を率いたローリウ氏は言う。「フランス人のアイデンティティをバゲットに結びつけたのは、部外者の視点だったのです」。
それ以来、フランス人はバゲットを受け入れ、毎年パリのノートルダム大聖堂の外で、国内最高のバゲット職人を審査するコンテストを開催している。華々しく発表された優勝者は、名声だけでなく、大統領が居住・執務するエリゼ宮で1年間サービスを提供する契約も勝ち取ることができるのだ。
バゲットの材料は、小麦粉、水、塩、イーストの4種類に限られている。しかし、長い発酵期間を考慮して特殊な酵母が開発され、トレードマークの黄金色を出すために特殊なナイフが使われ、オーブンからパンを取り出すために長い柄のついた木の櫂が使われる。バゲットは焼きたてを食べるものなので、ほとんどのパン屋では1日に何本も作っている。
フランスは、バゲットのユネスコ招致のために、パン職人からの手紙や子どもたちの絵など、200通以上の賛同書を提出した。パン職人のセシル・ピオ氏が書いた詩には、「私はここにいる/暖かく、軽く、魔法のように/あなたの腕の中やバスケットの中に/あなたの怠惰な日や仕事の日に/リズムを与えてあげましょう」とあった。