ゼレンスキー氏「チャップリン必要」と訴えた意味 チャップリン作品が今も心に響く根本的な理由

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実は、チャップリンの映画を見ていると、格差社会、移民問題、あるいは同性愛をはじめとしたダイバーシティなど、21世紀が直面するさまざまな問題が100年も前にすでに描かれていることに気づきます。また、当時としては非常に例外的に、チャップリンの代表作には、差別的な表現は見当たりません。

チャップリンが精力的に作品を発表していた今から100年ほど前、当時の人権感覚は現代と大きく異なっていました。名作とされる作品の中にも、今から見ると人種差別的な表現や、白人至上主義な描写が多く見られます。

実はチャップリン作品にも、初期作には「差別表現」とまではいかなくても、ユダヤ人が戒律を破るというブラックジョークや、民族的なステレオタイプをそのまま描くなど、時代を反映した人種や民族の紋切り型の人物造形が見られます。

そんなチャップリンが、いかにして人種・民族への偏見と訣別できたのでしょうか?

ユダヤ人シーンを全カット

そのカギは、初期の短編映画『霊泉』のNGフィルムに見出せます。

この作品の残存するNGフィルムの5パーセント弱の数のショットにユダヤ人の金持ち湯治客たちが映っているのですが、その大半がカットされて、完成版にはユダヤ人はほとんど見当たらないのです。

NGフィルムのなかには、興奮して走り回るチャーリーが、痛風を患うユダヤ人たちの足を次々と踏んでいき、踏まれたほうが痛みで叫び声をあげるというギャグがたくさん撮影されています。

しかし、そのギャグは、(痛風は贅沢な食事を摂取することでかかりやすいとされていたので)お金持ちのユダヤ人を揶揄しているようにも見えます。それではユダヤ人たちを傷つけるかもしれないと思い直したのでしょう。チャップリンは、何度も撮り直した末にそのシーンをすべてカットしました。

他に、人種問題ではありませんが、『冒険』(1917年)という作品のNGフィルムにはスペイン・ダンサーのセクシーな踊りが残っています。テイク全体の7分の1を占めるほどたくさん撮影されたのですが、性的なシーンは女性や子供が楽しめないと考えたのか、すべてカットされています。

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