着物を何気に見る人が気づかない日本文化の深さ 季節やうつろいを大事に、独特の家紋文化も残す

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そして家紋一つひとつに、「細輪に二つ重ね松」「丸に並び三本杵」などの名前がついています。上絵師と言われる紋職人はその名前を言われるだけで絵柄がわかり、正確に作図ができるそうです。家紋は、デザインとしても洗練され完成度が高く、世界のデザイナーたちからも注目されています。

西洋にも紋章の文化がありますが、権威の象徴である紋章を持つ人は王侯貴族に限られていました。そしてヨーロッパの王侯貴族の紋章は、ライオンや鷲、蛇、剣など、強さを誇示し、人を威嚇する動物やものが多く描かれました。身近な花鳥風月を描き、一般庶民まで皆が家紋を持つ日本の文化は、世界を見渡してもユニークです。

また、家紋を身につけることは、魔除の意味もあるそうです。お葬式に紋付の着物で参列すると、それぞれの参列者の御先祖様が家紋を目印に葬儀場に来てくれて、亡くなった方が迷わずあの世に行けるよう助けてくれる、とされています。だから紋付の着物でお葬式に行くのが良い、とされているのです。

着物を通じて学ぶ、自然への想いと相手への気遣い

これほどに豊かな歴史とデザインを持ち、先祖からのルーツを感じられる家紋ですが、現在は自分の家紋を入れるのは墓石と着物くらいになってしまいました。家紋を入れた着物を大事に着ることは、日本独特の家紋文化を残していくことにもつながるのです。

こうして着物のTPOやその歴史を考えていくと、日本の季節の美しさが日本文化を生んだのだと感じます。昔の人々は、美しく繊細に変化する動植物や天候に自然の神秘を感じ、私たち人間の手ではコントロールできない自然の恵みに畏怖の念すら抱いていたのだと感じます。

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また、装う本人が楽しいか心地よいかだけでなく、着物には、周りの人や亡くなった人への気遣いに満ちていることにも気付きます。私も着物を着て街を歩くと、「お着物、素敵ですね」「見ているだけで癒されます」と喜んでいただけるのですが、着物がもともと他者への気遣いを大切にしている衣装だからなのかもしれません。

着物は美しく、見る人を魅了する衣装であることは間違いありません。ですが、その奥に、この国の先人たちが1000年の時をかけて培ってきた知恵や美意識があります。この激動の時代だからこそ、着物を通じて先人たちの生きる知恵や感性に触れることは、大きな学びになるでしょう。

上杉 惠理子 和装イメージコンサルタント、「和創塾 ~きもので魅せる もうひとりの自分~」主宰

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うえすぎ えりこ / Eriko Uesugi

法政大学社会学部、一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了後、株式会社エステムを経て、星野リゾートに入社。担当した北海道のリゾート トマムの業績回復と会社の急成長を目の当たりにし、ビジョン·戦略·行動力があれば現実を変えられることを実感。自分を変えた着物の真の魅力を伝え、着物文化を次世代に受け継ぎたいと、2015年日本初の和装イメージコンサルタントとしてダブルワークから起業する。「難しい·苦しい·お金がかかる」と思われている着物を、「誰でもできる·身体に楽·高コスパ」で、女性ひとりひとりの魅力を引き出す勝負服として、コーディネートや着用シーンなどを提案する。

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