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宗教がわかってない人は「神様」の意味を知らない 証拠がなくても「いる」と思う、それが「信じる」

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だが当然のことながら、すべての人間がすんなりと、このように考えるとは限らない。福音が伝わらず、神を知らない人もいるだろう。知ってはいても、神を信じない人もいる(先述したように、私もそういうタイプだ)。あるいは信じているはずなのに、神に背いてばかりいる人だっているに違いない。

しかし、神はそれを忍耐して、見守っているというのだ。

<人間が不完全で、神に背くのは、人間というものの本質です。
なぜ神が人間を、このように造ったか。それを人間が、ほんとうに理解することはできないかもしれない。けれどもそれは、神の計画の一部である。
──キリスト教では、このように考えられます。(67ページより)>

人は誰でも壁にぶつかるもの

生きていく過程において、人は誰しも“答えのない大事な問題”にぶつかるものだ。人間である以上、それは避けて通れないものでもあるだろう。橋爪氏もそれを認めており、そんなときこそ「おろおろしないで、自分の考えで前に進む」ことが大切だと説いている。

ただし、そのためには道標が必要だろう。なにしろぶつかっているのだから、「こっちを通れば壁を避けて通れるよ」といったアドバイスなくしてはどうにもできないわけだ。だからこそ、「おバカ」な質問が役に立つのだという。

<キリスト教の信仰は、神さまと、終わりのない対話を続けることです。答えを教えてもらって終わり、ではない、質問を続けるのです。信仰は終点ではなく、出発点なんです。

キリスト教では、どんな質問をしても、神さまは怒らない。アブラハムは、神さまと論争をした。預言者モーセは、神さまと論争をした。義人のヨブも、神さまと論争をした。だから、安心して質問しましょう。
なるほど、キリスト教ではそう考えるのか、と思ってもらえれば嬉しい。
なにかの参考になるかもしれない。(「まえがき」より)>

つまり「おバカな」質問が、対話のためのツールになるということなのだろう。そして、それがキリスト教を理解するうえでの助けにもなるだろう。だからといって信仰しようとも思わないが、少なくともそれは自分の視野を広げることにはなりそうだ。

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