和田秀樹「老いとは同世代に障害者が増えること」 体が不自由でも周囲に頼って人生を楽しんでいい
みんなが一斉に老いるわけではない
ある70代半ばの男性が高校の同窓会に顔を出して少し驚いたことがあります。
「久しぶりに集まったけど、奥さん同伴という友人がけっこういた」
たしか50代のころにも集まっています。そのときは奥さん同伴なんて一人もいなかったような気がします。「高校時代の気分に戻りたいのに、隣に女房がいたらシラけてしまう」といった雰囲気でした。
友人たちが奥さん同伴の理由もすぐにわかりました。足元が危ないから腕を支えてもらう、耳がかなり遠くなっているので妻に相手の話を大きな声で説明してもらう、疲れやすいから立ち話ができないので妻が話し相手、指先に麻痺があって料理を取り分けることができない、などなどです。奥さんに車椅子を押してもらって参加している友人もいました。
それでも友人たちはみんな元気そうだし楽しそうです。しばらくあちこちのテーブルで友人たちと愉快に飲んで食べて過ごしたこの男性は、そのうち奥さんたちとも昔からの友人のように気軽に話し込んでいました。同窓会は大盛況のうちに終わったそうです。
「みんないろいろあるんだろうけど、集まってしまえばやっぱり昔の仲間に戻るな」
この男性はとても楽しい集まりだったと言います。ここでは大切なことを書きます。高齢になるということは、同世代に障害者が増えてくるということです。
若い世代のころは、友人の中に障害者がいればみんなで労わったり手を差し伸べたりしてもやはり特別な存在です。誤解を恐れずに書けば、「気の毒だから」という気持ちがありました。
でも高齢になると、自分もいつその仲間に入るのかわかりません。決して他人事ではないのです。だから同世代の障害者(自分より少しだけ早く老いてしまった友人)に対しても素直な気持ちで向き合うことができます。言葉にはしなくても「頑張ってるんだな」という共感の気持ちを抱くことができるような気がします。
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