東大で「女子を品定めする文化」が今もはびこる訳 「男子校カルチャー」が社会にしみ出す不安

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一般的に「男女別学」の良さは、異性の目を気にせずに好きなことに没頭できる点などといわれる。一方、東大に限らず、男子校出身者は性別役割分担意識が強くなりがちなこと等が指摘されている(※3)。

女子校の場合は、共学だと男子に席を譲りがちなリーダー職に就く経験が増えるなど、バイアスを乗り越えるきっかけが得やすくなる可能性がある。社会におけるマイノリティ(女性)とマジョリティ(男性)とが、「異性の目を気にしないですむこと」、その意義を同列に語ることはできないだろう。

集団のなかの多数派が「標準」になりがち

もちろん、男子校といってもさまざまで、すべての男子校が男尊女卑カルチャーであるわけでもないし、同じ学校出身であっても卒業生の価値観は一様ではない。

しかし、東大の場合、集団のなかの多数派が「標準」になるとすれば、日本人の関東圏の私立男子校出身者で、おそらくシスジェンダー(性自認と生まれたときに割り当てられた性別が一致している人)で異性愛者のカルチャーということになろう。

ジャーナリストの中野円佳さんによる連載、第12回です(画像をクリックすると連載一覧にジャンプします)

前回扱った「成功者による差別」は、もちろん女性の中にもあり得る。これを書いている私自身、性別以外の面では多くのマジョリティ性を持ち、マイノリティへの想像力が働かせられていないこともあるだろう。

ただマイノリティ側の経験をしたことがほとんどなく、女子がいない環境に慣れ、自分たちを競争の成功者と認識し、そのまま意気揚々と社会に出ていく人たちが、社会的経済的地位を築き、ビジネスや政治の中心に居座るというルートができあがっているとしたら。

自分たちを標準として世界を回そうとする人たちの差別発言をいくら指摘しても、もぐらたたきにしかならない。

その「標準」の入り口ともなりうるのが、中学受験における学校選び、または塾選びということにもなるだろう。

子どもを持つ親としては自戒も込めて、子どもを苛烈な競争の成功者にするよりも、差別やハラスメントの加害者にしないことにも気を配りたい。

そして、東大も含め、学校側も、社会の公正にどのように寄与し、そこで何を伝えることができるのかが問われてくる。

※1 寺町晋哉 2021, 「「性別」で子どもの可能性を制限しないために」中村高康・松岡亮二編『現場で使える教育社会学 : 教職のための「教育格差」入門 』ミネルヴァ書房
※2:伊佐夏実 2021, 「難関大に進学する女子はなぜ少ないのか」『教育社会学研究第109集』
※3:江原由美子 1999, 「男子校高校生の性差意識--男女平等教育の「空白域」?」 教育学年報, no. 7 (September): 189–218.
中野 円佳 東京大学男女共同参画室特任助教

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なかの まどか / Madoka Nakano

東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社入社。企業財務・経営、厚生労働政策等を取材。立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、2015年よりフリージャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)を経て、2022年より東京大学男女共同参画室特任研究員、2023年より特任助教。過去に厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」、経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員を務めた。著書に『「育休世代」のジレンマ』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』『教育大国シンガポール』等。

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