ウクライナ戦争が古典的な戦いになった3つの訳 テクノロジー、非軍事手段、戦争様態から考える

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第3に、今回の戦争では、核抑止が機能している。ロシアは西側との直接対決を恐れて軍事援助を強制的な手段で排除することができず、逆に西側もウクライナに直接介入を行うことができていない。この結果、ロシアとウクライナは破滅的な核戦争にエスカレートするという可能性をひとまず脇に置き、持てる通常戦力すべてをぶつけ合う「限定全面戦争」を行うことができているのである。

以上のように、一定の条件下においては、現在の世界でも国家間の古典的な戦争は生起しうるのであって、わが国の安全保障を考えるうえでも貴重な教訓となろう。特に、激しい消耗に耐えながら戦い続けるための継戦能力はわが国の防衛体制における大きな弱点であると思われ、今後の防衛力整備における焦点となろう。これは弾薬の備蓄にとどまらず、防衛・民生用インフラの抗堪化・分散化・冗長化、それらの復旧能力の強化といった措置にも及ばねばならない。

古典的な戦争と「新しい戦争」の相関関係

また、ウクライナでの戦争が古典的なものであったとしても、「新しい戦争」に備えなくてもよいということにはならないだろう。戦争はある様態からまた別の様態に変遷していくのではなく、むしろ戦争という営みに際して選択可能なオプションが増加しているというふうに考えるべきだからである。

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さらに言えば、古典的な戦争と「新しい戦争」の間には一定の相関関係がある。今回の戦争の場合、古典的な戦争を中心としつつも「新しい戦争」的要素は補助的な形で使用されているし、その逆であるとか、両者の要素が同じくらいの割合で併存しているとか、さまざまな戦争様態がありえよう。わが国としては、将来のこうした多様な戦争にどう備えるのか、限られたリソースの範囲内でそのうちの何を特に重点とするのかを真剣に考慮していくことが求められるのではないだろうか。

(小泉悠/東京大学先端科学技術研究センター専任講師)

地経学ブリーフィング

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『地経学ブリーフィング』は、国際文化会館(IHJ)とアジア・パシフィック・イニシアティブ(API)が統合して設立された「地経学研究所(IOG)」に所属する研究者を中心に、IOGで進める研究の成果を踏まえ、国家の地政学的目的を実現するための経済的側面に焦点を当てつつ、グローバルな動向や地経学的リスク、その背景にある技術や産業構造などを分析し、日本の国益と戦略に資する議論や見解を配信していきます。

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