入管収容死ウィシュマさんの故郷を訪れ見た光景 「日本で英語を教えたい」という夢を抱いていた

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3姉妹は幼い頃から、スリランカでも人気のドラマ「おしん」を繰り返し見て育ってきたという。一人の女性の姿から、戦後の日本の歩みにも触れ、復興していくその様子に感動を覚えたそうだ。

転機となったのは、ウィシュマさんが最大都市コロンボのインターナショナルスクールに勤めていた時だった。日本人の職員やその子どもと触れ合う機会があり、彼らの温かい心にひかれたのだと、妹たちに楽しげに語っていたという。

「日本で英語を教えたい」という夢を抱くようになったのは、その頃だった。一家のムードメーカーだったウィシュマさんと離れ離れになることを、家族は惜しんだ。それでも、「大好きだった日本に行って夢を叶えられるなら」と妹たちは喜んだ。

2021年3月、突然、彼女たちの家に警察官がやってきた

2021年3月、突然、彼女たちの家に1人の警察官がやってきた。彼は東京にあるスリランカ大使館から連絡を受け、ウィシュマさんが亡くなった知らせを届けにきたのだった。「信じられないし、信じたくない……でも警察がそんな嘘をいうはずがない……」。当時の混乱と葛藤を、ポールニマさんはそう振り返る。

愛犬シェニーはその間、部屋の中や外を落ち着きなく動き回ったり、吠えたりを繰り返していたという。収容中のウィシュマさんが支援者に宛てた手紙には、「犬は遊ぶし、人間の気持ちがわかる犬もいます。私の犬も私の気持ちわかります」と綴られている。この時のシェニーも、何かを敏感に感じ取っていたのかもしれない。

スリランカ大使館の番号に、震える手でスリヤラタさんが電話をかける。警察の伝達は嘘ではなかった。電話を握りしめたまま、スリヤラタさんは茫然と佇んでしまった。「おばあちゃんにはなんと伝えたらいいだろう……」。そう考えあぐねているうちに、ただならぬ空気をミリさんも察していたようだった。

「ウィシュマがそんなことに……」

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現実をなんとか受け止めようとするミリさんの横で、スリヤラタさんはうつろな表情で、涙も出ない様子だったという。

この残酷な事実と向き合うため、遺族の誰かが日本に飛び、遺体を確認しなければならなかった。体調を崩していたスリヤラタさんには、変わり果てた娘の姿を見ることは耐えがたいことだった。足腰の弱っているミリさんのことも一人にはできない。

「私の目で見るように、ウィシュマを見て、最後の別れをしてきてちょうだい」

そう言ってスリヤラタさんは、2人の娘に思いを託した。

――ここには書ききれないほど、たくさんの思いを聞かせてもらったスリランカ滞在となった。私がスリランカを発つ日、スリヤラタさんに勧められ、小さなジャックフルーツの苗木を庭の片隅に植樹させてもらった。

「コス(ジャックフルーツ)はね、カレーに入れても美味しいのよ。今度はフルーツがいっぱいになる季節に来てね」と、スリヤラタさんは和やかに私を送り出してくれた。必ずまた、大きくなったジャックフルーツの木を見に戻ってこよう。

安田 菜津紀 フォトジャーナリスト

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やすだ なつき

Dialogue for People所属。東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。著書に『写真で伝える仕事』(日本写真企画)、『君とまた、あの場所へ: シリア難民の明日』(新潮社)ほか、共著に『あなたと、わたし』(日本写真企画)ほか。

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