「ホラーの帝王」が描いた「選択と集中」が招く悲劇 「話半分に聞く」姿勢で新自由主義を生き抜く

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プラトンが生きていた歴史的状況は今の私たちの状況とよく似ている。荒れ狂うパンデミック。何十年も続く戦争。ポピュリスト運動を主導する因業な扇動政治家たちの台頭。暴動に発展した民族間、階級間の緊張関係。私たちの文明に対する信頼の失墜、勢力を拡大する大国、かつてなく現実味を帯びてきた存亡の危機(私たちの場合は核兵器、気候変動、新たな疫病、AIの台頭、昔ながらの部族抗争)。さまざまな詭弁のせいで人々が同じ現実を見なくなる、ポスト真実の生活に入ろうとしている恐怖もプラトンの時代と同じだ。どれが実在する問題でどれが単なる物語かについて意見が合わなければ、どうして団結して問題解決に当たれるだろうか(ジョナサン・ゴットシャル著 月谷真紀訳『ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を操作する』東洋経済新報社 P.265~266)。

「話半分に聞く」姿勢で生き抜く

ぼくも「どれが実在する問題でどれが単なる物語かについて意見を合わせる」ことの重要さについて、ゴットシャルには強く同意する。『シャイニング』において、ジャックが見ているものはホテル/社会のみんなが見ているものだ(正確には見せられているものだったのだが)。それがホテルの呪いであったのだが、ジャックは社会の多数派を味方につけたと思い、社会的正義の実行を邪魔する妻子を殺害しようとした。しかし観客からみると、現実を見ていたのはジャックの息子ダニーだった。

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ぼくが見ているものは、ぼくだけが見ているものなのか。ダニーは自分だけが見ているものを、理解者である母に精一杯伝えようとした。実は作中における理解者は母だけではないのだけれど、そこへの言及は割愛する。しかしこのダニーの行動をきっかけに、母子はホテルから脱出することができた。つまり自分だけしか見ていないものを、自分だけしか見ていないのだから無意味だと考えてはならない。自分だけが見ているもの、それこそが世界を救う可能性があるのだ。

自分だけが見ているものと社会が見ているものが一致していると勘違いするとき、「原理は一つ」になってしまう。これを便宜的に「ジャック化」と呼ぼう。「ジャック化」を防ぐには、自分が見ているものと社会が見ているものは常にズレていることを認識しつつ、ダニーのように自分だけが見ているものを誰かに伝えていくことが大切だ。同時に、何かを伝えようとしている人からのメッセージに慎重に耳を傾けることも重要だ。これにより原理が一つになることを防ぎ、「どれが実在する問題でどれが単なる物語かについて意見を合わせる」ことが可能となる。そのためには、自らを全肯定してくれる物語に身を任せないことがポイントとなる。これこそまさに、「話半分に聞く」と言われてきた姿勢だ。

そういう意味で、これからの時代を生きるうえでのポイントは「話半分」なのである。

青木 真兵 「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター、古代地中海史研究者、社会福祉士

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あおき しんぺい / Simpei Aoki

1983年生まれ、埼玉県浦和市に育つ。「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター。古代地中海史(フェニキア・カルタゴ)研究者。博士(文学)。社会福祉士。2014年より実験的ネットラジオ「オムライスラヂオ」の配信をライフワークとしている。2016年より奈良県東吉野村に移住し自宅を私設図書館として開きつつ、現在はユース世代への支援事業に従事しながら執筆活動などを行なっている。著書に『手づくりのアジール──土着の知が生まれるところ』(晶文社)、妻・青木海青子との共著『彼岸の図書館──ぼくたちの「移住」のかたち』(夕書房)、『山學ノオト』シリーズ(エイチアンドエスカンパニー)などがある。

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