津軽線、被災して見えた「もし鉄道がなかったら」 8月の豪雨で部分運休、乗合タクシーが振替輸送

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津軽線の窮地を救う格好になったのが「デマンド型乗合タクシー」だった。観光と日常生活の利便性向上をともに目指す実証実験として企画された。JR東日本盛岡支社、JR東日本スタートアップ、電脳交通、奥津軽観光の4者が連携して7~9月の期間、「わんタク」「つがるん」の2種類を運行している。いずれもネットか電話での事前予約制で、料金は乗車1回につき1人500円。つまり、一般のタクシーなら数千円以上かかる距離を500円で移動できる。

「わんタク」は毎日、午前10時~午後4時の間に30分間隔で運行する。名称は津軽弁の「わんど(私たち)のタクシー」をアレンジした造語だ。乗降場所は、蟹田駅周辺から龍飛崎の周辺までの間で自由に指定できる。

わんタク
津軽線・三厩駅前を出発する「わんタク」=2022年7月(筆者撮影)

一方の「つがるん」は青森市からの帰宅者を利用者に想定し、平日の午後9時に蟹田駅を出発する。三厩字鉄山地区までの運行経路上なら、どこでも降車場所を指定できる。愛称は「津軽」と「つながる」にちなむ。

8月の豪雨で状況が一変した後、JR東日本は津軽線の代替交通手段として「わんタク」をアナウンスするようになった。8月19日には、津軽線の被害状況公表と併せて、蟹田―三厩間に22日から代行バス3往復を運行すること、そして「わんタク」による振替輸送を開始することを公表した。

「路線廃止への入り口」の警戒も

津軽線の運休以前から、津軽半島を周遊する観光客は積極的に「わんタク」を利用する反面、地元の人々の利用は必ずしも進んでいない、という様子が伝わっていた。

そして、8月の豪雨は「もし、津軽線がなくなったら……」という状況を出現させた。9月末までの運行期間中、デマンド型乗合タクシー利用がどの程度、普及していくか、あらためて注目されるようになった。 JR東日本盛岡支社の久保公人支社長は9月の定例記者会見で、津軽線の被害の大きさに、デマンド型乗合タクシーの運行延長も検討していることを明らかにした。

「わんタク」を利用し、3つのモデルコースでモニターツアーを実施した旅行会社「また旅くらぶ」(青森市)の高木まゆみ代表取締役は語る。

「青森市内からの参加者が多く、とくに津軽線を初めて利用した方は『このツアーがなければ津軽線に乗る機会はなかった』と車窓からの景色を楽しんでいました。県外からの参加者も、旅の目的はそれぞれ違いますが、旅先で出会った参加者同士の会話も弾み楽しそうです。個人旅行が増えてきた今、鉄道と地元のタクシーをうまくつないで周遊できるよう、デマンド型乗合タクシーの実用化を切に願います」

地元には、国土交通省の有識者会議の提言とJR東日本の路線データ公表が「路線廃止への入り口」と警戒する空気が漂う。

津軽線沿線では、短絡的な存廃の議論とは距離のある動きがいくつか進んでいる。JR東日本盛岡支社は、外ヶ浜町と今別町、青森大学とともに、津軽線と沿線の活性化を目指す「JR津軽線プロジェクト」を展開中だ。また、外ヶ浜町では、非公式キャラクター「風乃まち」を創作した匿名の町民が、交流促進や経済活動の進行に取り組み、全国メディアにもたびたび取り上げられて、ファンを拡大している。

これらの声や動きを、新たな地域の交通デザインにどう織り込んで、人口減少社会をつくり直していくか。鉄路の存廃を論じる前に、今後の地域社会にどんな展望を抱くか、その議論が欠かせない。

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櫛引 素夫 青森大学教授、地域ジャーナリスト、専門地域調査士

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くしびき もとお / Motoo Kushibiki

1962年青森市生まれ。東奥日報記者を経て2013年より現職。東北大学大学院理学研究科、弘前大学大学院地域社会研究科修了。整備新幹線をテーマに研究活動を行う。

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