「旧来型の戦闘」で冷笑されるロシア軍の瀬戸際 ウクライナと米欧の「連合国」体制が押し破るか

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ゼレンスキー政権はなぜ短期決戦の戦略を選んだのか。その大きな要因としては、戦争が長期化すればするほど、ロシアに有利に働くとの判断がある。泥沼化すれば、ロシア産天然ガスの供給削減でエネルギー危機に見舞われているドイツを含め、欧州からウクライナに対し、不利な条件での停戦を求める圧力が出かねないとの危機感があるからだ。

さらに、人口1億4000万人のロシアと4500万人のウクライナの国力の差もある。現時点で軍事力が「ようやく肩を並べた」と主張するウクライナ軍だが、やはり国力の差を意識しているだろう。

では、反攻作戦が目指す領土奪還のゴールはどこなのか。現時点でゼレンスキー政権は発表していない。これもロシア軍の動揺を引き出す心理戦の一環だろう。常識的には、ヘルソン州や、一部が制圧されているザポリージャ州の奪還がゴールと考えるのが妥当だ。

これを実現して、侵攻開始時の地点までロシア軍を押し返すことで、とりあえず「戦勝」と宣言する構えとみられる。それだけでも、プーチン氏にとっては政権発足以来、最大の政治的敗北となる。その勝利をバックにプーチン政権に対し、力の立場で停戦交渉を呼び掛ける計画だろう。東部2州とクリミアの奪還はより長期的スパンで実現する2段階戦略とみられる。

クリミア奪還をも宣言したウクライナ

しかし、ゼレンスキー大統領は2022年8月24日、南部のみならず、大半を実効支配されている東部ドンバス地域とともにクリミアも奪還する宣言を出したばかりだ。多くの国民もこれを支持している。

今後の戦況次第だろうが、クリミアにも大掛かりな攻撃を仕掛ける可能性はあると思う。ゼレンスキー氏は2022年8月16日のテレビ演説で「クリミアなど占領された地域のすべての人々はロシア軍の施設に近づかないでほしい」と呼びかけた。

当面の焦点は、ロシア本土南部とクリミアを繋ぐ唯一の陸路、クリミア大橋だ。現時点で、パルチザン攻撃でパニックとなり、クリミアから逃れようとするロシア軍脱走兵を一人でも多く、橋を渡ってロシア側に逃がすほうが得策とウクライナ側は判断しているようだが、橋の破壊を狙った突然の攻撃も否定できない。

ここまでゼレンスキー政権が強気になった背景には、ウクライナに対し、アメリカが、先述した事実上の「連合国」体制構築に踏み出したからだ。この体制の骨格になるのが2022年5月にアメリカ議会が成立させた「武器貸与法」だ。「レンドリース法」とも呼ばれる武器貸与法は、2023年9月末までの間、手続きを簡略化し、迅速にウクライナに大量の軍事物資を貸与することを可能にする法律だ。

「武器貸与法」は第2次世界大戦中にも制定された。アメリカはナチス・ドイツと戦うイギリスなどに対して武器や装備を提供し、これが連合国勝利の要因の1つになった。同法成立以来、ウクライナ側は早期の実行をアメリカに求めていたが、ようやく2022年10月にも正式に動き出す見通しだ。これにより、アメリカとウクライナが事実上の「連合国」的関係になる。同法は大戦中、ドイツと戦った旧ソ連にも適用された。それが今回はロシアとの戦争で適用されることなる。歴史の皮肉だ。

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