消えた「数学C」が復活、奇妙すぎる日本の教育改革 脱「ゆとり」を提唱した数学者から見た教育行政
『新体系・高校数学の教科書(上下)』と『新体系・大学数学入門の教科書(上下)』の間にギャップがないことは、同じシリーズであるがゆえに当たり前のことである(たとえば、後者の例で空間における平面や直線の式を用いるが、それらの解説は前者に入れてある)。もちろん、そのような指摘は恥ずかしくて述べることもなかった。
実は『新体系・大学数学入門の教科書(上下)』の出版後に、事前に考えてもいなかった大きな問題を思い出させていただいた。
出版後に他大学の教員や一般読者から、上記の当たり前の点を何回か指摘していただいたので、事情を尋ねてみて気づいたことは、学習指導要領上の高校数学の数学I、数学II、数学III、数学A、数学B、数学Cという体系に関する疑問の声が予想外に多いことである。
年配の方々がかつて高校で学んだ頃は、数学I、数学II(数学IIAまたは数学IIB)、数学IIIという体系であって、『新体系・高校数学の教科書(上下)』の構成と若干似ている面がある。
学習指導要領の改訂の度に入れ替わる科目
1990年代の半ばから始まった数学I、数学II、数学III、数学A、数学B、数学Cという体系においては、建前としては数学I、数学II、数学IIIがコア科目、数学A、数学B、数学Cがオプション科目となっている。問題なのは、これら6科目の中身が約10年に一度の学習指導要領の改訂の度にクルクルと入れ替わることである。主な状況を参考までに示すと、以下のようになる。
2003年度以降:「順列・組合せと確率」が数学Iから数学Aに移動、「数列」が数学Aから数学Bに移動、数学IIにあった「複素数平面」は廃止、「確率分布」は数学Bから数学Cに移動、等々。
2012年度以降:数学Aに「整数の性質」が新設、数学Aに(かつて中学数学に主にあった)「作図」と「空間図形」が加わる、数学Aにあった「二項定理」が数学IIに移動、数学Cにあった「確率分布」と「統計処理」が数学Bに移動、「複素数平面」が数学IIIに復活、数学Cは廃止となり、それに伴って「(主に2行2列の)行列」は廃止、等々。
2022年度以降:数学Cが復活、「複素数平面」が数学IIIから数学Cに移動、「整数の性質」が数学Aから新科目「数学と人間の活動」に移動、「ベクトル」が数学Bから数学Cに移動、等々。
問題は、その6科目全部ではなく、実際は半分ぐらいの科目を履修する高校生が大多数である現在、上記のようにクルクル入れ替わるカリキュラムのおかげで、受験生ばかりでなく予備校や高校の教員が必要以上に神経を尖らせざるを得ない。さらには大学で初年次教育を担当する教員や、大学で入試問題を作成する教員が、その事情を詳しく知っているのかという疑問もある。
そのような事情を真面目に考えている人からすると、筆者のシリーズを眺めると、無駄な神経を使わなくて済む“解放感”のようなものを感じるのではないだろうか。本稿の結論として、「とくに教育行政では、変えないのも改革のうち」と言いたいのである。
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