三度の大暴落で二度の追証、退場寸前に!
私が本格的に株式投資を始めたのは、2003年の小泉政権の頃です。当時は、ITバブルに労働者派遣法の改正、取引手数料が安価なネット証券の誕生などが重なり、1988年以来の株式投資ブームでした。
そうした好調な相場の中で、私は順調に資産を伸ばしていきました。気がつけば、投資を始めた2年後には、元手数百万だった資産も1500万円を超えていました。
空前の株バブル。これが大きく崩れたのは、サブプライムショックによる米国株の暴落が最初の引き金になりました。
不幸にも、私は強気の上昇相場しか知りませんでした。そのため、下落相場での対処法についてはまったくの無知でした。むしろ、この急落こそ「大きな買い場だ」と、リスク許容度など度外視で強気に銘柄を買っていきました。自分の実力を過信している状態、まったく疑うことを知りませんでした。
おかしい。そう感じ始めたのは、一度の大きなリバウンドが崩れて、日経平均が1万2000円を割り込み始めた頃です。熱狂に包まれていた相場も、その頃から手のひらを返したように悲観ムード一色になりました。
次いで金融大手リーマン・ブラザーズが破綻すると、「100年に一度のクラッシュ到来!」「ブラックマンデーを超える暴落相場」「日経平均5000円もありうる」と、この状態をむしろ歓迎するかのようなニュースがネット上にあふれだしました。
さらに、苦難は続きます。日本を東日本大震災が襲ったのです。被災した日本の株価は低迷を続けて、日経平均8000円を下回り始めます。当然、私の持ち株も無傷ですむはずはありません。ひたすら恐怖に耐える日々です。株価は下がり続けて、1500万円の含み益は400万円まで減っていました。
このとき、私がギリギリで退場を免れたのは、ただただ幸運だったの一言につきます。そこに明確な理由はないでしょう。
「たまたま、購入した銘柄のいくつかが他の銘柄より下がらなかった」
「たまたま、強制ロスカットギリギリで、日経平均が反発した」
すべてたまたま。 つまり、運良く私は生き残ることができたわけです。
株式投資の勝敗を分ける最大の要因
その後、相場にしがみついたまま、私はもう一度ゼロからリセットして相場に向き合い、本気で株式投資の勉強を始めます。株式投資は生易しいものではない、そう思い知らされたからです。
そこで、まずは大型図書館に行って、株式投資の本を読み漁りました。読破した本は100冊を超えます。取り入れられそうな方法はノートにメモを取り、実際に試しながら自分なりの勝ちパターンを見つけようと試行錯誤しました。
ようやく、納得できる勝ち方ができるようになったのには2つの理由があります。1つは、投資に正面から目を向けて勉強し続けたことで、メンタルが安定したことです。そして、もう1つは、私自身の相場に対する考え方が大きく変わったことが挙げられます。
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