東証と大証が統合協議へ・専門家に聞く--組織の弛緩を防ぎ、収益性向上が課題。海外との再編は困難
野村総合研究所 未来創発センター 主席研究員
大崎貞和
--東証と大証の統合協議開始について、背景をどう考えるか。
世界的に証券取引所が競争を繰り広げており、大規模化、高速化が進んでいる中で、東証や大証が従来どおりでいいのか、という危機意識が背景にあると思われる。
海外の取引所と連携するという手もないわけではないが、例えば香港の取引所が東証を買収するとなったら、日本国内での心情的な反発も強まるだろう。東証としても戦略的に制約条件が多く、大証と組むのが現実的だった。以前から東証の斉藤社長は、経営統合で組むとすれば、日本とは時間帯の異なる市場を運営する取引所か、デリバティブに強い取引所だと公言してきた。今回の大証との話は、後者の「デリバティブに強い」という条件に当てはまる。
一方、大証はすでに上場会社であり、ビジネスマインドの強い投資家が参加するデリバティブ市場に強いということもあり、企業体としては東証以上にうまく行っていると思うが、いかんせん規模が小さい。世界の主要な取引所と比べ時価総額(3月11日現在、1244億円)が少なく、何とかしなければならなかった。これまでも新興市場のジャスダックを買収しているが、次の一手としては海外との連携(実質的には傘下入り)か、東証との統合だった。
--世界的な取引所再編の背景は。
世界的な統合の流れはすでに2005年から激しくなっており、きっかけはNYSE(ニューヨーク証券取引所を運営)の株式会社化だった。
世界的再編には3つの背景があると考える。第一に、取引所が電子化し、コンピューター産業化したこと。第二に、取引のグローバル化。第三には規制の変化があり、米国ではレギュレーションNMSができ、欧州では金融商品市場指令(MiFID)が出て、今まで以上に電子取引システムと従来型の証券取引所との競争が激しくなったことがある。
たとえば、米国で3番目に大きい取引所は(電子取引所の)BATS(本社カンザスシティ)で、一般の人には馴染みがないが、今度チャイエックス・ヨーロッパを買収(今年2月18日に最終合意、4~6月期に買収完了予定)すると、欧州ではトップになる。
取引所も結局はIT産業であり、変化のスピードも速くなっている。私企業が経営しており、新規参入が増え、グローバル規模で競合も激化している。その対抗策として合併などの国際的な再編が増えているということだ。
--東証と大証の統合のメリットは。
取引所にとっては、エコノミー・オブ・スコープ(規模の利益)が発揮される。東証の株主にとっては、統合によってデリバティブが強くなるという意味でいい話だ。
(2月に統合で合意した)NYSEユーロネクストとドイツ取引所にしても、NYSEが現物、ETFに強い一方、ドイツ取引所はユーレックスを持っているから先物に強く、決済システムも強い。地盤も異なっているため、両社が統合することで広い地域で強力な会社になる。取引所は従来、バラバラに存在していたため、くっつくだけでメリットになる。
--投資家や上場企業へのメリットは。
企業や投資家への賦課金が安くなるとか、上場がどんどんしやすくなるといったメリットは少なくとも短期的にはない。市場は基本的にはそのまま。上場企業にとっても、投資家にとっても、メリットもなければデメリットもない。
--中長期的に1+1=3といったシナジーはどう発揮していくのか。
経営効率を高めていくという統合の目的を、組織全員が共有できるかどうかだろう。取引所には依然、公的機関としての意識も根強く残っており、それがはびこれば、1+1=1.5ぐらいになってしまう恐れも十分ある。
しかも、東証と大証を足すと、国内シェアがある意味、ほぼ100%の会社になる。世界にいくらでも参入機会があることを考えれば、独占禁止法上、問題になるような状況とは思わないが、組織が弛緩する可能性がある。今まで以上に効率指向、利益指向でやっていけるかがいちばんの課題ではないか。
また、システムコストを全体として下げることができるのかどうか。あるいは、上場の監視など自主規制業務というコストのかかる業務を、どう抑制できるかどうか。それほど簡単な話ではないだろう。
--東証は現物だけ、大証はデリバティブだけ、といった形に分けたほうがいいのか。
その辺は経営判断だろう。今の両社のラインナップをどう組み替えていくのか。たぶん、今の東証、大証のままということにはならないのではないか。新しい持ち株会社の下に、分野ごとの会社をぶら下げていく形になるだろう。
また、すでに大証と友好関係にある東京工業品取引所など他の市場を組み込んでいくことも視野に入っていると思う。
--総合取引所構想は進んでいくのか。
07年の時にすぐ推進すべきと提案した私から見れば、時すでに遅しだと思う。
監督者が3者(金融庁、経済産業省、農林水産省)いて、統一できないでいる。民主党は政治主導で役所の権限争いを裁いてくれると思いきや、両論併記の報告書を出してきた。極めてあきれた事態になっている。もう取引所や市場関係者は、この構想に期待していないのではないか。
そもそもこの構想は、日本に商品取引所を残すという”レスキュー・オペレーション(救済措置)”の色彩が濃い。商品取引所は、構想が出た07年当時と比べて出来高は半分近くに減っている。
--全国の地方の証券取引所を統合すべきか。
それは特に問題にしなくてもいいのではないか。地元でやれればやればいいし、やれないなら退場すればいい。東証と大証の統合にはあまり関係ないと思う。地方の取引所のほうから統合の要望があれば別の話しだが。
--東証が海外の取引所とグループ化する可能性は。
それは今のところ無理だろう。東証の規模(時価総額で2000億円程度?)からすると、海外に買収されるという形にならざるを得ない。大証と統合しても、海外の主要取引所と比べればまだまだ小さい。
それに、取引所にはインフラという意識が強く、国際的な買収にはナショナリスティックで感情的な批判がつきまとう。NYSEユーロネクストとドイツ取引所の合併にしても、詳細はこれから詰められるが、米国では「ドイツに売り渡すのか」と早速、批判が出ている。07年にNYSEがフランスのユーロネクストを買収したときには、米国内から批判はなかったが、逆の立場になると急に考えが変わる。要するに感情的な批判であって、論理的なものではない。だから、下手をすると破談になる可能性がある。シンガポール取引所のオーストラリア取引所買収でも、豪州内で「国益に反する」との声も出ている。そうした影響もあって、新会社の取締役は双方から同数出すといったことに落ち着いた。東証がアジアの証券取引所を買収するとなると、大騒ぎになりかねない。
--世界再編にまったく関与しないで生きていけるのか。航空会社も世界的なアライアンスを形成している。
プロジェクトごとの提携といった形はありうる。だが、完全な統合となると、なかなか難しいだろう。
--将来的に、取引所はどう再編されていくのか。
主要な取引所は5大グループぐらいに集約されるだろうと見ている。NYSEユーロネクストグループ゜、ナスダックOMXグループ、ロンドンTMXグループ、CMEグループ、あと5番目が何かはこれからの展開次第だろう。
--日本は5番目に入れないか。
日本だけだと、このグループには入れない。どう多国籍化するかが課題だ。ただ、日本の企業で多国籍化した例はほとんどない。多国籍化した企業を経営する力が持てるかどうか。もしくは、他のグループの「日本部門」になるかどうか。それにしても、日本の重要性を評価されての話であり、本来は歓迎すべき話だが、社会的に受け入れられるかは別の問題だろう。
(聞き手:中村 稔 =東洋経済オンライン)
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