日本人の賃金上昇には「ルールある解雇」が必要だ 「好条件の転職」を「当たり前」にするためには?

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さて「正社員」にもセカンダリー・マーケットを整備せよという主張にご賛同いただき、これが実現したとする。おそらくは、わが国の経済全体の人材配置は改善するだろうし、経済の成長率も上がり、賃金水準も上がりやすくなるだろう。

しかし、他方で、個人間の経済格差は一層拡大するにちがいない。成長率は高まっても、経済格差は拡大するだろうという点は「能力主義的資本主義」の避けがたい傾向ではなかろうか。

おそらく、3つほど経済格差対策が必要になる。

(1) 現時点ですでにいつでも取り替え可能な立場で競争させられつつ、賃金を叩かれている主に非正規の労働者は(日本の労働市場はこの層だけが「資本主義」だ)、その賃金交渉力の弱さを補う必要がある。「非正規労働者の横断的組合組織化」が不可能なのだとすると、政府が最低賃金をもっと引き上げる必要がある。

(2) さまざまな理由で低所得な国民に対して、なるべくベーシック・インカムに近いシンプルで計算が立つ(従って安心できる)所得再配分の仕組みを政府が提供することが必要だ。こうした社会的な「保険」がないと、能力主義的資本主義の社会には怖くて生まれてくることができない。

(3) 企業が社員の一般的に広く通用するスキルや教養に対して投資しないわが国の場合、失業者に対する一般的な能力アップのための投資を含めた教育費の政府負担が必要ではないだろうか。

(2)について補足すると、かんべえ先生が指摘される通り、政府が「補助」すべき対象は個人であって、会社ではない。そもそも会社が、補助がなければ社員個人に対してどれだけ払おうとしていたのかが計測できない以上、会社に支払った雇用対策の給付金の一部は会社のものとされても判別のしようがない。

「摩擦的失業率」は本来もっと大きくていい

以上、あくまでも必要なセーフティーネットを整えつつだが、オバゼキ先生が勧める社員が自らの賃上げを勝ち取ることができるようになるためには、正社員解雇の金銭解決ルールを実現して会社員のセカンダリー・マーケットを充実させたい、と申し上げた。

ところで、素朴な疑問として、人手不足で賃金上昇がインフレを招いているアメリカの失業率が3%台半ば(7月は3.5%)で、景気に盛り上がりを欠く日本の失業率が2%台半ば(6月、2.6%)で賃金上昇が不十分だというのは少々不自然ではないか。

仮に前者が雇用市場の流動性に適切なくらいの「摩擦的失業」率なのだとすると、後者は人材の移動を不自然なまでに抑圧した結果の失業率に見える。

思い切って言うなら、日本の失業率は低すぎるのではないか。だから、成長率も低いし、賃金も十分上がらない。あくまでも仮説だが、読者も考えてみてほしい(本編はここで終了です。次ページは競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)。

次ページさて競馬。伝統の「夏の新潟マイル戦」の勝者は?
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