対中国外交でみせた安倍元首相の意外な突破力 「脅威にならない」との日中合意を引き出す

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2019年、北京で行われた日中首脳会談。安倍氏の対中外交は強硬姿勢ばかりではなかった(写真・時事)

安倍晋三元首相が2022年7月8日に銃撃され死去した。首相退任後は「台湾有事は日本有事」など、「親台湾」の本音を公言してきたが、首相在任中には2度にわたって悪化した日中関係を改善へ導き、意外な「突破力」を発揮した。右派だからこそ可能だった側面もあるが、国交正常化50周年を迎える2022年に日中両国は、彼の提起した「お互い協調し脅威とならない」で合意できるはずだ。岸田政権は、台湾有事をあおり日米同盟強化と大軍拡に血道を上げず、安倍対中外交から学んで外交力を発揮してはどうか。

「有益な貢献」と習近平が弔意

安倍氏死去の翌日となる2022年7月9日、中国の習近平国家主席は「中日関係の改善を進めるために努力し、有益な貢献をした」と死去を悼む弔電を送った。中国メディアは最近、2022年内にも台湾訪問が伝えられた同氏への批判を強めてきたから、弔電の真意を疑う向きもあるかもしれない。

だが2期8年8カ月の在任中、日中関係改善に果たした事績を振り返ると、日中関係に「有益な貢献」という評価は本音だろう。とくに安倍政権を引き継いだ菅義偉、岸田文雄両政権は、習訪日延期の決定以降、関係改善に向けた主体的アプローチはみえず、日中関係は悪化する一方だった。

岸田・習オンライン首脳会談はわずか1回だけ。王毅外相は2020年11月に来日し、日本外相の訪中を招請したが、自民党右派の反対で外相訪中すら実現できないありさまだ。

そこで安倍対中外交を振り返る。第1期安倍政権が誕生したのは2006年9月。当時、小泉純一郎首相による靖国神社参拝で日中関係は悪化し、首脳対話は2005年4月以来途絶えていた。安倍氏は就任翌月の2006年10月8日に電撃訪中し、温家宝首相、胡錦涛国家主席との会談で、両氏の訪日を招請し関係修復の第一歩を踏み出した。

戦後歴代首相のうち、中国を初外遊先に選んだのはこれが初めてだった。これを機に日中間の首脳相互訪問が再開され正常化の軌道に乗った。これを「突破力」と呼んでもいいだろう。

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