日本政治にとって「大転換点」となった参議院選挙 安倍政治が終わり、平和志向の戦後政治も転機を迎えた

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岸田文雄政権発足後の自民党における政策論議では安倍氏が改憲・防衛力増強や積極財政・金融緩和などのテーマで持論を唱え、党内世論を引っ張った。これに対して岸田首相は慎重に考えるという姿勢を示し、明確な言質を与えずに党内調整を促すという構図であった。

岸田首相が意図的にあいまい戦術を取ってきたことは、次の記事からも明らかである。

<改憲に前向きなのか、そうでもないのか。側近議員の間でも見解は分かれる。「憲法改正は本気。だれもなしえなかったレガシーだ」という見方もあれば、「改憲を押し出す考えはさらさらない。保守層向けの分かりやすいメッセージだ」との声もある。>(朝日新聞・7月5日)

岸田首相は安倍氏の推す防衛事務次官を退任させたことから、防衛力増強という路線を取りながらも安倍流の政策転換と一線を画すサインを出している。安倍氏がいなくなれば、保守派を束ねる次のリーダーは不在となり、岸田首相は自由に行動できるようになる。

冷静な政策議論を主導できるかどうか

岸田政権にとっての最大の脅威は、世界的インフレが日本を本格的に襲い、国民の不満が高まる中、従来の金融政策が破綻するシナリオである。国民は憲法改正よりも、経済や物価を重視している。国民の意思を理解し、安倍氏の遺志などという感情論を排して現実的な課題に取り組み、冷静な政策論議を主導できるかどうか、岸田首相の力量が問われる。

ただし、自民党の穏健路線に対する攪乱要因がこの参院選で明らかになった。それは、参政党、NHK党という右派ポピュリスト政党が議席を獲得した点である。自民党に飽き足らない急進保守層が析出したことは、日本政治におけるオピニオンの布置状況が右に寄ったことを意味する。

他方、暗殺事件の容疑者は、安倍氏も交流のあった宗教団体に対する怨恨から犯行に及んだと供述している。この団体は、悪徳商法で法外な利益を得たり、若者を洗脳したりと、反社会的活動をしてきた。同時に自民党内にもシンパの政治家を持って、同性婚や選択的夫婦別姓について強硬な反対論の発信源となっていた。

事件の真相解明が日本政治の暗部を暴くことになると、予想外の混乱が起こるかもしれない。ジャーナリズムの力量が問われることになる。

この記事は『週刊東洋経済』の連載「フォーカス政治」の執筆陣によるシリーズ3本目です。​以下の記事も配信しています。
苦闘するアベノミクス「3つの変身」で見えた課題
(軽部 謙介 : 帝京大学教授・ジャーナリスト)
独自取材メモで振り返る安倍氏の肉声と“DNA"
(歳川 隆雄 : 『インサイドライン』編集長 )
山口 二郎 法政大学教授

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やまぐち・じろう

1958年生まれ。東京大学法学部卒業。北海道大学教授を経て、2014年4月から法政大学法学部教授。専門は行政学、現代日本政治論。

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