「AかつB」のほうが低確率なのにありえると思う訳 人間の非合理さを露呈させる簡単な予測の問題

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しかし心理学の講師なら誰もが知るように、設定を変えても結果は変わらない。今日の聡明なアマンダについても、回答者の多くはアマンダが看護師である可能性より、アマンダがBLM(ブラック・ライヴズ・マター)運動に参加する看護師である可能性のほうが高いと考える。

リンダ問題はかなり強力に直感を支配している。前々回論理がわかる人とまるでわからない人の決定的(7月12日配信)で紹介したウェイソン選択課題の場合は、わたしたちは課題が抽象的だと間違うが、実生活に即した内容だとうまく調整できた。ところがリンダ問題では、「〈AかつB〉の確率は〈A〉の確率より小さいか等しい」という抽象的な法則には誰もが同意するのに、具体的な事例になったとたんにその逆だと思ってしまう。

この点について、生物学者で科学作家としても有名なスティーヴン・ジェイ・グールドは、わたしたちの多くを代弁してこう書いている。「連言命題は可能性が低いとわかっているのに、頭のなかでホムンクルス〔脳のなかにいるとされる小人〕がずっと飛び跳ねていて、わたしに向かって『でも彼女がただの銀行員だなんてことあるわけないだろ。説明をよく読めよ』と叫ぶのだ」

弁論においては説明を追加するほど説得力が増す

このホムンクルスは、相手を丸め込んで納得させるのに利用されることがある。たとえば検察官が、浜辺に打ち上げられた女性の死体以外に手がかりがないにもかかわらず、夫が彼女を絞め殺し、遺体を海に投げ込んだ可能性も否定できず、それは愛人と再婚するためであり、保険金で事業を始めるためだったなどと延々と主張したらどうだろうか。弁護人のほうもこれに対抗して、深夜にひったくりに襲われた可能性も排除できず、それが思いがけずひどい結果になったのではないかと弁論を繰り広げたらどうだろうか。

確率の法則からすれば、憶測を追加すればするほどシナリオが真である可能性は低くなるが、弁論においては逆に、説明を追加すればするほどシナリオの説得力が増していく。

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ただ、多くの研究が明らかにしてきたのは、課題が「一度きりしか起こらない事象の確率」という不可解なものではなく、「相対的な頻度としての確率」を考えさせるものになっていれば、人は連言規則に従いやすくなるという点である。

たとえばリンダのような女性が1000人いるとしよう。そのうちの何人が銀行員だろうか? そのうちの何人が女性解放運動に参加している銀行員だろうか? こう問われると、わたしたちの“頭のなかのホムンクルス”は静かになり、“首尾一貫した人間”が外に出てこようとするので、連言錯誤に陥る人はだいぶ減る。

とはいえ、問いが頻度の形で提示され、回答者が頭のなかで銀行員のリンダを数えることによって連言錯誤を回避できるようになっていても、そうでない場合より少ないとはいえ、やはり連言錯誤に陥る人がいる。そしてその人数は、各選択肢を比較できるよう順番に示すのではなく、各選択肢を切り離して考えさせると過半数を占めるようになる(前者のほうが、下位集合の数が上位集合の数より多くなるという不条理に気づきやすい)。

前回:確率がわかる人と実はわかっていない人の決定差(7月19日配信)
前々回:論理がわかる人とまるでわからない人の決定的差(7月12日配信)

スティーブン・ピンカー ハーバード大学心理学教授

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Steven Pinker

スタンフォード大学とマサチューセッツ工科大学でも教鞭をとっている。認知科学者、実験心理学者として視覚認知、心理言語学、人間関係について研究。進化心理学の第一人者。主著に『言語を生みだす本能』、『心の仕組み』、『人間の本性を考える』、『思考する言語』(以上NHKブックス)、『暴力の人類史』(青土社)、『21世紀の啓蒙』(草思社)などがある。その研究と教育の業績、ならびに著書により、数々の受賞歴がある。米タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」、フォーリンポリシー誌の「知識人トップ100人」、ヒューマニスト・オブ・ザ・イヤーにも選ばれた。米国科学アカデミー会員。

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