「日本の牙城」ジャカルタ鉄道に迫る欧州勢の脅威 スイスと合弁の国内メーカー製新車導入が決定

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エリックトヒル氏は肥大化したBUMNグループのスリム化と収益最大化、一部の不採算企業の統廃合を進めると同時に、縦割り体質を廃し、各企業での協力・協業を進める「AKHLAK」政策を打ち出した。今回のKCI・INKA間の覚書締結も、この政策の一環である。

廃車回送される「BN Holec」(左)。オランダの資金援助で、大半がINKAノックダウンにて1994年から2001年にかけて製造されたが、故障が相次ぎ2012年までに全車引退した(筆者撮影)

だが、過去の欧州メーカーによるINKAノックダウン生産車両の数々のトラウマから、INKAは客車は造れても電車は造れないとまでKCIは豪語する。同じBUMNグループでありながら、それほどまでに両者の仲は険悪である。しかし、本来、東南アジア最大の電車オペレーターであるKCIの知見と、東南アジア唯一の車両メーカーであるINKAの歴史と技術をもってすれば、インドネシアでの使用環境に特化した満足のいく車両が造られて然るべきである。

KCIは、輸送人員だけで見ればKAIグループ全体の8割を占めているものの、売り上げに占める割合はわずか10%という異常な財務体質である。よって、今回の新車はKAIがKCIに資金を貸し付けるか、KAIが車両を購入し、KCIにリースするという形式が取られると推測される。

運輸省が契約者となりKCIに車両を貸し付けるという従来の仕組みは多くの不幸を生み出してきた。それが今回、KCIが初めて、車両メーカーと直接契約することになる。KCIの意向は設計に反映されて当然だ。シュタドラーの尻に敷かれることだけは絶対に避けなければならない。

鼻を明かされたのは日本政府?

ところで、この「縁談」に最も鼻を明かされたのが日本の国土交通省、外務省関係者だろう。この期に及んでも、彼らにはジャカルタ首都圏は日本のテリトリーという根拠のない自負があった。2018年にKCIが事実上の中古車両輸入停止を表明した後も、新車導入には半信半疑といった様子で、全く対策を打ち出さなかった。

2019年9月1日付記事「ジャカルタが日本製『中古電車天国』になるまで」で紹介した通り、インドネシアへの中古車両輸出は民間ベースで行われてきた。2000年初頭までは日本のほか、欧州の政府開発援助(ODA)でインフラ整備と同時に新車も導入されていたが、故障が頻発し老朽化も著しく、当初はその穴埋めで日本から中古車両を導入しているという意味合いもあった。要するにODAの汚点を民間の自助努力で挽回し、日本品質への信頼を食いつないでいる状況であった。

インドネシア初の国産電車として日本車両の技術支援によりINKAで2001年に製造された「KRLI」(左)とODA円借款にて1976年から導入された「Rheostatik」(右)。どちらも日本製中古車両に置き換える形で廃車済み(筆者撮影)

問題はここからだ。日本政府は2014年2月にJICAを通じて、「ジャカルタ首都圏鉄道輸送能力増強事業(I)」として163億2200万円を上限とする円借款契約をインドネシア政府と結んでいる。この事業には(1)車両検査・整備場拡張、(2)鉄道システム改良、(3)車両調達、(4)コンサルティングサービスの4点が含まれていた。

鉄道インフラ輸出の拡大を目指す当時の安倍政権としては、民間ベースで導入された中古車両を弾みに、日本製新車導入に繋げたい思惑があった。これが順調に進んでいれば、今ごろは日本製の新車が導入されているはずであった。しかし、現実には(3)車両調達はおろか、(1)や(2)も実行されていない。インドネシア政府はこの契約内容に対し、自国予算と自国技術でカバー可能と回答したからだ。日本政府はまったく現地市場調査をせずに、円借款を付けていたことになる。

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