「日本の牙城」ジャカルタ鉄道に迫る欧州勢の脅威 スイスと合弁の国内メーカー製新車導入が決定

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それだけではなく、現実的な問題として200kWの高出力主電動機では架線電力が不足し、現状の最小3分ごとの運転が維持できないという。さらに、ラッシュ時の乗車率は200%超、ホームにも乗客があふれる中での外吊り式ドアの危険性も指摘されている。さらには、全面塗装を前提としたアルミボディに対しても、KCI側は不快感を示している。何としてでもEN規格を持ち込みたいシュタドラー(確認された限り、JIS規格が採用されたのは冷房機器に関する1点のみ)とKCIとの間で硬直状態が続いていたわけだ。

ドイツ支援で2011年にINKAで製造された電車「KFW」。現在はリニューアルのうえ全車ジョグジャカルタ地区へ転出したが、トラブルがたびたび発生しており、予備車を多く配置して対応している(筆者撮影)

しかし、インドネシア政府としても、国産電車の開発をこれ以上遅らせるわけにはいかないし、シュタドラーへの顔も立たない。そこで、KAI、INKAをはじめとする国営企業(BUMN)を束ねる国営企業省が主導し、今回の覚書調印に至ったわけである。

国営企業省庁舎で行われた調印式には、KAI、KCI、INKAの各代表のほか、国営企業省第2副大臣、運輸省鉄道総局車両課長、工業省海事・輸送機器・防衛機器担当課長が出席した。正式契約ではなく単なる覚書の調印に過ぎないにもかかわらず、関係官庁の担当者臨席のもとの調印は極めて異例である。まるで「これ以上親に恥をかかせるな、黙ってINKAとの縁談を進めろ」という政府からの無言の圧力のようだ。これで新車の導入はほぼ確定した。導入予定時期は、当初のプロポーサル通り2024年である。

KCIが日本の中古車両を選んできた事情

政府は国産の新車導入を長年にわたりKCIに迫っているものの、KCIはそれを蹴り続け、日本から中古車両を購入し続けてきた。これは、圧倒的に不足する輸送力を短期間、かつ安価に充足するために、輸送費を含めても新車の10分の1程度で予算が収まる中古車両がうってつけだったからだ。

また、日常利用の通勤鉄道運賃は政府によって安く抑えられている(政府の運賃助成金<PSO/Public Service Obligation>を加味しても、適正運賃の5割以下である)一方で、現行のBUMNは民間企業同様に独立採算が義務づけられており、財政的に新車の購入ができなかったという事情もある。

知日派として知られるイグナシウスヨナン元KAI社長は在任中、積極的に日本側にアプローチし、中古車両を多数導入した。同氏は後に運輸相にまでのし上がるが、中国と進めるジャカルタ―バンドン高速鉄道に反対の立場をとったことから、2016年7月に更迭された。以来、親中嫌日とされるリニスマルノ国営企業相の発言力が増し、KCIに対しても中古車両輸入特例は認めないという方針を示した。

同国営企業相にはいくつかのスキャンダル疑惑が持ち上がり、第2次ジョコ・ウィドド政権樹立時に閣僚から外され、後任は元実業家のエリックトヒル氏に引き継がれた。

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