西欧に対する「イスラムの怒り」とは? 内藤正典・同志社大学教授に聞く(前編)

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イギリスは、国家の教会としての英国国教会をもつが、多文化主義を取っている。だから、ベンガル、カシミール等の人たちがそれぞれに集まって住むと、そうしたコミュニティを認めて、それぞれに生活の便宜のために、ベンガル語の標識などができる。行政が公的に対応を取る。

オランダも多文化主義の国だが、多極共存型。カトリック、プロテスタント、イスラム、無神論者、それぞれがコミュニティを立てて、それぞれが平等で並立してきた。お互いに干渉しないことで、衝突を避けてきた。ただし、9.11以降は、イスラム教徒に対して、「あの人達は怖いテロリストではないのか」という嫌悪感が広がり、イスラム・フォビア(反イスラム感情)が急激に高まった。

これに対し、ドイツは伝統的に多文化主義をとらない。ドイツでは政教分離は弱く、キリスト教国と言っても間違いとはいえない。キリスト教徒には教会税も課される。ドイツのイスラムへの反感は、宗教の違いからきている。しかし、フランスのイスラムへの反感は、宗教を認めない世俗主義からきている。他の国のゆるい政教分離とはまったく異なる。

低所得者向け住宅から抜け出せない

しかし、それでは、平等主義を掲げるフランスに差別がないかと言えば、実態はそうではない。パリ中心から20キロメートルほどにある郊外に、イスラム教徒が多く住む公営団地がある。フランスは、そこに移民を閉じ込めたのではないし、イスラム教徒移民を隔離したのでもない。だが、彼らは低所得層向け住宅に集住している。彼らから見ると、平等は建て前で、移民イスラム教徒が今でも差別と偏見にさらされており、若者が世に出る展望を見いだせない現実がわかる。

たとえば、就職を希望してある会社に電話する。アフマド、アリー、オマールなどイスラム教徒に多い名前を名乗ったとたんに、「申し訳ございません。求人はありません」とスマートにかわされて、断られる。フランスなので、「イスラム教徒だから、移民だから」と属性による物言いは決してしないが、事実上属性で差別されている。

しかし、差別がないことが前提になっており、さらに、宗教を捨てて、個人としてのフランス人であることを要求し、コミュニティを認めていないので、政府は「イスラム教徒の移民」という集団として処遇することはない。アメリカのように、差別されてきた集団に一種の特別扱いをする必要があるという発想はない。

内田 通夫 フリージャーナリスト

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うちだ みちお / Michio Uchida

早稲田大学商学部卒。東洋経済新報社入社。『週刊東洋経済』の記者、編集者を歴任。

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