金融政策、財政は手遅れ、FTA進め構造改革急げ--伊藤隆敏・東京大学大学院経済学研究科教授《デフレ完全解明・インタビュー第2回(全12回)》
要点
・金融緩和政策に手遅れ感、デフレ期待強く効果薄い
・人口問題への対策も不在、FTAも出遅れで空洞化進む
・FTAの推進、課税ベースの見直しで国内投資の促進を
--日本経済の停滞の原因は?
たくさんありすぎるが、まず、需要不足であること。消費が弱く投資も弱い。財政も弱い。輸出頼みで円高になれば、これも弱くなる。需要不足が物価の下落につながり、失業率の上昇や賃金カットにつながっている。それでさらにデフレが進む。マイルドではあるが、こうしたデフレスパイラルが起きていると思う。
長期的な構造としての人口の減少と高齢化がしだいに大きな影響を持つようになっている。これが加速して需要不足に拍車をかけている。
一方で、財政は20年前にGDP(国内総生産)比65%だった債務残高が200%に近くなっているので、景気の良し悪しにかかわらず、健全化しないといけない。財政出動には期待できない。
もう一つは、FTA(自由貿易協定)に日本は完全に出遅れてしまったので、企業が関税の高い日本から海外に進出して行き、空洞化が進むという問題がある。企業は生き残っても日本経済がダメになるというプロセスが始まっている。また、足元は通貨安競争といわれるぐらいに輸出競争が行われているので、日本が輸出主導で回復するのを許してもらえる状況にない。
--そうした中で、打開策はあるのでしょうか。
手遅れかも知れない。15年前の日本の銀行危機の時期が一つの節目だった。その時に、今の欧米のような思い切った政策を採用していれば、2000年以降の停滞はなかったかもしれない。失われた20年のうち前半の10年、1990年代は賃金は下がらず、いずれ回復するだろうと期待して、不良債権の処理が遅れた。
デフレが始まったのは、98年以降で、このとき、財政出動と金融緩和策が採られた。ところが、99~00年の米国のITバブルで回復したと思い、00年8月に日本銀行がゼロ金利を解除してしまった。その時すでに、ITバブルははじけていた。当時、審議委員だった植田和男さんが反対票を投じたように、ゼロ金利は続けるべきだったし、もっと強力なデフレ脱却策を導入すべきだった。