「MMTは法的に底が抜けている」という根本的誤解 「財政論議の混乱」は相変わらず続いている

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逆に白井教授に問いたいのだが、戦後の先進国の財政民主主義の下で、財政支出を拡大し過ぎ、しかも増税ができなかったために、極度の高インフレになったことがあるのか。それこそ「経済史を振り返れば疑問が残る」のではないか。

所得税は違憲なのか

さて、白井教授の記事は、国会が増税のタイミングを決定することをMMTが想定している点を批判するものだった。

ところが、その翌日の記事では、藤谷武史・東京大学教授が、白井教授とはまったく逆の形で、MMTを批判している。財政法を専門とする藤谷教授は、国会が増税のタイミングを決定する権限をMMTが否定していると主張するのだ。

「日本でなお影響力を保つ現代貨幣理論(MMT)の法的問題点にも付言しておきたい。「租税が貨幣を駆動する」という教義からすれば、インフレになれば直ちに非裁量的に増税されることで、実物経済供給力と貨幣量(購買力)のバランスが調整されるというのが前提のはずだ。だがこれは国会が増税のタイミングを決定する権限を自ら放棄することにほかならない。(中略)少なくとも現行憲法を前提とする限り、MMTは法的に底が抜けているということになる」

この藤谷教授による批判は、大いに問題がある。その一つは、藤谷教授が「租税が貨幣を駆動する」というMMTの主張を根本的に誤解している点にある。

MMTを代表するL・ランダル・レイによれば、「租税が貨幣を駆動する」というのは、次のような意味である。

貴金属の裏づけなど固有の価値をもたない紙幣(法定不換通貨)を、どうして人々は貨幣として受け取るのか。それは、政府が、自国通貨を法定し、その自国通貨による納税義務を課しているからだ。人々は、自国通貨で支払わなければならない納税義務があるから、その通貨を欲しがるようになる。要するに、租税が貨幣の需要を生み出している。このことをレイは「租税が貨幣を駆動する」と表現した。それは、レイの『MMT現代貨幣理論入門』を読めばすぐわかることだ。

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この理解によれば、納税義務が軽ければ、通貨の需要が減るから、インフレになる(通貨の価値が下がる)ということはできるだろう。しかし、藤谷教授が指摘するような「インフレになれば直ちに非裁量的に増税されることで、実物経済供給力と貨幣量のバランスが調整される」などという前提は、どこにもない。

もっとも、所得税には、赤字では課税されず、黒字の時のみ課税されるので、好況で黒字になると税負担が重くなり、インフレを軽減するという「自動安定化装置」があるとされる。MMTが自動安定化装置を高く評価しているのは事実だが、所得税に自動安定化装置が認められるというのは、MMTに固有の主張ではない。

所得税の自動安定化装置は、確かに「インフレになれば直ちに非裁量的に増税される」仕組みと言える。しかし、だからと言って、所得税が現行憲法上「法的に底が抜けている」はずがないだろう。いったい、現行憲法をどう解釈したら、所得税は違憲ということになるのだろうか。

どうやら、白井教授と藤谷教授は、そもそも現行の財政政策に対して間違った理解をしているようだ。だとすると、これは、MMTの妥当性以前の問題ではないだろうか。

中野 剛志 評論家

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なかの たけし / Takeshi Nakano

1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『奇跡の社会科学』(PHP新書)などがある。

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