対露戦略は変わる?決選目前「仏大統領選」の実情 4月24日投票、マクロンvsルペンの大激戦
フランスの政治は1981年に発足したミッテラン左派政権以降、時計の振り子のように左右に振れながら運営されてきた。その主役は保守政党のドゴール主義政党で共和国連合、国民運動連合と名前を変えながらも保守本流の勢力を保ってきた共和党だ。
一方の革新勢力の社会党は19世紀末にルーツを持ち、戦後、社会民主主義者のミッテラン氏の指導力で左派を結集させ、大統領となったミッテラン氏が14年にわたって政権を掌握したことで、保守に対抗する勢力として確固たる基盤を固めた。
ところがミッテラン政権時代に増やした北アフリカ・マグレブ諸国の旧植民地のチュニジア、アルジェリア、モロッコから大量のアラブ系移民の受け入れによって、失業率は10%を超え、移民に職を奪われたフランス人の不満の受け皿として、反共、反移民の極右政党・国民戦線(国民連合の前身)が勢力を伸ばす構図も生まれた。
フランス国民にとって慢性的な失業問題、移民問題は、この30年以上、つねに政治の中心テーマであり続けた。あるときは右派のシラク氏に託し、あるときは左派のジョスパン氏に託し、さらに右派のサルコジ氏に変革を期待し、次にはオランド左派政権に改善を望んだが、誰も失業率を下げることはできず、オランド政権時代には、過去最大規模のイスラム過激派によるテロで130人以上が犠牲となった。
【2022年4月20日14時35分追記】初出時の表記を一部修正いたします。
結局、国民の信任を得た保革の大政党は成果を出せず、そこに登場した中道で選挙経験もない39歳の元金融機関幹部のマクロン氏に政権を託した。この5年間、国民の信頼回復が急務だった共和党と社会党は党内改革が進まず、大統領選を戦える指導者も輩出できず、今回の大統領選第1回投票結果は、まるで死亡宣告のような衰退ぶりだった。
ルペン氏への批判が「極右一色」ではなくなった
4月24日の決選投票に向けての空気も前回とは大きく変化している。ルペン氏への批判が単純な「極右一色」ではなくなっていることだ。庶民、とくに貧困層に寄り添った政策を打ち出してきた国民連合は、この5年間、極右色の払拭を徹底し、一部のフランスメディアにも「国民連合はもはや、過激で極端な移民排撃の極右政党ではなくなり、政権政党の段階に入っている」と指摘されている。
昨年6月の統一地方選挙では、国民連合は議席を伸ばすところまではいかなかったが、マクロン氏が立ち上げた中道の共和国前進が大敗。2017年6月の下院選挙で圧倒的過半数を占めた共和国前進は今では国政でも離党が相次ぎ、過半数を割り込んでいる。2019年5月の欧州議会選挙では、国民連合の得票率が23.31%に達し、第1党の地位を維持した。
ルペン氏の支持率は確実に伸びており、今回はウクライナ戦争で現職有利という見方がある中で、マクロン氏にとっては大きなプレッシャーになっている。
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