首都キーウ近郊のブチャでの虐殺についても、自作自演説が出回った。ロシア政府が遺体は露軍撤退後置かれたものと主張し、「遺体が動いた」などとする動画も併せて拡散されたからだ。
米紙ニューヨーク・タイムズは、宇宙技術会社マクサー・テクノロジーズの衛星写真と動画を分析し、ブチャの民間人殺害がロシア軍撤退前に行われていたと伝えた(Satellite images show bodies lay in Bucha for weeks, despite Russian claims./2022年4月4日/The New York Times)。英調査報道ウェブサイト「ベリングキャット」も、「動く死体の神話」について「フロントガラスを移動する水滴」「反射のゆがみ」で簡単に説明できると一蹴した(Russia’s Bucha “Facts” Versus the Evidence/2022年4月4日/bellingcat)。
その後もさまざまな機関が検証を進めているが総じてロシア側の主張を否定しており、遂に国際刑事裁判所(ICC)が戦争犯罪の容疑で捜査を開始した。しかし、ロシアのディスインフォメーションにどっぷりと浸かってしまった人々は、「西側の情報だから信用できない」の一点ばりで「虐殺はフェイクだ」と息巻いている。
とりわけマスコミと名が付くものを一律に軽蔑し、敵視してきた「マスゴミ論」者の一部が取り込まれており、コロナ禍でワクチン陰謀論などにハマった人々も網に掛かった。さらに、世界中で起こるすべての戦争や紛争、クーデター、内戦などにアメリカ政府の工作が関わっていると考える反米イデオロギーの持ち主や、国際金融資本が新世界秩序を築こうとしているとみる反グローバリストが焚き付けられ、アシスト要員として見事に動員されている。
争点のないところに争点を作り出すロシア
ロシア側の意図は、子どもだましの陰謀論を広げること以上に「争点のないところに争点を作り出すこと」だ。公式見解からソーシャルメディアまでを駆使して争点を作り出すことができれば論点ずらしとして機能する。一般の人々への波及効果を踏まえればそれで十分だ。
国際政治学者のP・W・シンガーと米外交問題評議会客員研究員のエマーソン・T・ブルッキングは、かつてマレーシア航空17便撃墜事件でロシア側は最低でも6つの説を創作したと述べ、「この集中砲火の狙いは、疑念を植え付けること――相反する説が入り乱れるなか、どれが最も『正しい』のか、迷わせること――だった」と強調した「(『「いいね!」戦争 兵器化するソーシャルメディア』小林由香利訳、NHK出版)。
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