アダム・スミスを誤解している人が知らない凄み なぜか評価が二極化している経済学者の重要性

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もう一例挙げるなら、イギリスが欧州連合(EU)から離脱する可能性も、そうだ。スミスはアメリカ植民地について論じた箇所で、イギリスは厳然たる二者択一を迫られると述べた。

アメリカときっぱり縁を切るか、帝国の連合を形成するか、いずれを選ぶにしても主権は最終的にはアメリカに移り、それに伴って政府の所在もアメリカになることは避けられないという。これ以外にもたくさんの例を挙げることが可能だ。

なぜか一面だけ捉えられがち

こうした過剰な引用や解釈の結果、誇張され、歪曲されたアダム・スミス像が拵え上げられ、さまざまな伝説がまことしやかに伝えられている。この種の神話まがいの伝説はスミス本人についてはほとんど何も語らず、話し手の関心の対象を雄弁に語るだけだ。

スミスの解釈や研究でも同じパターンが見受けられる。たとえば19〜20世紀の自由貿易の問題を論じるときや、近年の行きすぎた専門化、とくに数学との関連が強くなった経済学の方向性を問題にするときなどには、「経済のスミス」、すなわち『国富論』の著者であるスミスにフォーカスする。

この場合、ひょっとすると「政治のスミス」と呼んでよいかもしれない存在、具体的には権力、財産、統治の相互作用や商業社会の性格と影響を『国富論』と未発表の『法学講義』で論じたスミスや、「道徳のスミス」、すなわち道徳や社会規範が社会においてどのように形成され維持されるかについて驚くほど現代的な説明を『道徳感情論』の中で示したスミスは、脇に追いやられてしまう。

スミスの一面だけを都合よく取り上げる姿勢は、経済学者にも見られる。ミルトン・フリードマン(編集部注:マネタリズムを主唱した新自由主義を代表する経済学者)は、ノーベル経済学賞をとったばかりの1977年に「アダム・スミスの今日的意義」と題する著名な論文をチャレンジ誌に発表した。

フリードマンから見たアダム・スミスは、あの時代としては「過激で革命的」だった──当時のフリードマン自身と同じである。スミスは社会の「規制が多すぎる」と感じており、従って政府の干渉に反対だったが、これもまたフリードマンに通じる。

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