専門家が語る「ロシア軍の原発攻撃」の無謀さ 原発は武力攻撃に耐えきれず、安全対策も無力

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まずもって申し上げたいことは、原発は軍事攻撃に耐えられるような安全性を有していないということだ。

さとう・さとし/2002年までアメリカのGE原子力事業部の日本法人に勤務。同年に退職後、個人の原子力コンサルタントとして、沸騰水型原子炉プラントの検査、欠陥評価、補修、改造に関する新技術のほか、主にアメリカの規制情報を日本の顧客に提供(写真:本人提供)

銃撃戦であれば格納容器の破壊には至らないだろうが、ミサイルが撃ち込まれたら、格納容器を貫通してしまう。格納容器は鉄筋コンクリート製だが、内側には数ミリの鉄板が張られている程度だ。

穴が開いたところに、焼夷弾のような燃焼エネルギーの大きな爆弾が投下された場合、最悪の事態につながりうる。ジルコニウム合金の燃料被覆管がいったん発火すると、それが発熱反応によっていっそう火勢が増し、炉心や燃料プールの核燃料から、高温の煙に乗って膨大な放射性物質が環境中に放出されるおそれがある。

ここで中途半端に水をかけると水蒸気が一気に発生し、今度は高温の水蒸気とジルコニウムが化学反応を起こしてさらに水素ガスが生じる。火災が発生した時点で一気に水をかけて火を消し止めることができればいいが、戦闘が続いている中でそれができるとは思えない。

原子炉が攻撃されても原子爆弾のような爆発現象は起こらない。しかし、全方位に拡散される放射性物質による影響は、10メガトンの水爆をもはるかに上回る。実際に何が現実に起きるかは、攻撃を指揮する者たちの悪意や狂気のレベルによる。

国際標準的な安全対策の有効性は

――ザポリージャ原発は、電源系統を多重化したり、非常用ディーゼル発電機を備えるなど、過酷事故対策を整えていたようです。

ヨーロッパ原子力安全規制グループ(ENSREG)は、ウクライナの原発が過酷事故にどこまで耐えられるかについてのウクライナの原子力規制当局による「ストレステスト」に対するピアレビューを実施しており、その報告書が2015年に発表されている。

それによれば、ザポリージャ原発を含めて、ウクライナの原発の所外電源は、各号機に3系統以上あり、外部から電力の供給を受けられるようになっている、また、非常用ディーゼル発電機も各号機に3系統ずつ備えられている。同発電機には7日分の燃料がある。

さらにザポリージャ原発については、近くの水力発電所と火力発電所からもバックアップの電源が得られるようになっている。もちろん、原発内での融通も可能だ。バッテリーによる直流無停電電源も3系統ある。そして最終的な熱の逃がし先として、川や冷却塔、スプレーポンド、さらには大きな貯水池もある。福島原発事故を踏まえた重大事故対策の設備として、可搬式のディーゼル発電機やポンプのユニット、消防車も備えている。

このように、国際標準的な安全対策は講じられている。なお、最悪の事態(クリフエッジ)の評価としては、全電源喪失と最終排熱喪失が同時に起きたうえに、運転員が何も対応できない場合に、炉心損傷に至るまでの時間は、ザポリージャ原発の原子炉と同じ炉型の場合に3.5~4時間となっている。ただし、これは武力攻撃された場合の想定ではない。

言えることとして、福島原発事故後の安全対策は、戦争下においてはまったくの無力ということだ。

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岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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