岩手県盛岡市の郊外にある「川上塗装工業株式会社」は、一見、普通の塗装屋さんだ。1~2階吹き抜けの資材置き場と併設されたオフィス。一歩室内に入ると、若いカップルが迎えてくれた。社長の川上秀郎さん(35歳)と専務の冴華さん(31歳)。ふたりで2歳の娘を育て、従業員7人の会社を切り盛りしている。
結婚して8年目。夫が独身時代、26歳のときに創業した会社は10年目を迎える。「社長になった動機」が面白い。
「見返してやる」。いったい誰を? 近所の人を。どうしてそんなふうに思ったのですか? 「あそこのバカ息子、と思われていたはずだから、社長になって見返してやりたかったんです」。
ストレートな本音の背景には、少年漫画の世界があった。秀郎さんの「やんちゃ」ぶりは半端なく、中学生のときは警察や消防署のお世話になったほど。母親からは「一緒に死のうと思った」とか、「あんたひとり育てる労力で、おとなしい女の子なら15人育てられる」と言われたほどだ。
この子はどうなってしまうのか……。心配した母が息子を託した先は「マグロ漁船」。秀郎さんが乗り込んだのは、遠洋漁業でブラジルまで行く船だった。先輩船員との顔合わせで15万円もらうと、15歳の少年は即「乗ります!」と答えていた。
1年半、そのマグロ漁船に乗った。現金が飛び交う世界で、3カ月に1回45万円もらえた。そして秀郎少年のやんちゃは、海を越える。スペインのラス・パルマスに着いたとき、勝手に船を降りて逃げ出してしまったのだ。「8カ月くらい遊んでいました」。ビザもなし、船員手帳もなし。不法滞在である。
でも、当時を思い出す秀郎さんの表情は本当にうれしそうだ。港町で「ポン引きのトニー」や「マルコ」と遊ぶ日々。言葉も何となく通じる。身元不明のアジア少年の存在は、やがて地元で知られるようになり、日本に強制送還されたのは、16歳か17歳のときだという。まさに、グローバルやんちゃ。
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