「国のために死ねるか」西欧近代社会の残酷な本質 国民国家の漂流と「中世化」現象が示唆すること
私の調べた知識の中では、最初にグローバル化をした人というのは、13世紀ぐらい、まだ明確な国境線などないときに、印刷業の人たちがローマに本社を置いて、東欧やロンドンに本を売ったのが最初と言われています。みなA4の規格判で、文字も当時はラテン語で、国境を容易に越えられた。そこにメディチ家など銀行が一緒について商売を始めたことが起源の1つだと言われています。
そうすると、自分たちは城壁の中にいて、でも商人たちはその城壁を越えてお金儲けを行っていた。現代のGAFAの人たちは、おそらく見えないセキュリティーに守られて、目に見える城壁ではなくて、目に見えない強固なセキュリティーを持っていて、自分たちは安全なところにいてビジネスを行っている。そして、国境を無視して、課税権を無視して、国外に本社を置いて、税金を払わないと言われています。
中世の城壁都市は、グローバル化でいとも容易に崩れていった。結局、商人(今で言う資本家)からすればヴェニスだけでは市場が小さすぎるということになって、もっと大きな単位にしようということになり、スペインやフランス、などの国家に統合されることになった。現代もこれと同じような状況にあって、それがEUではないかと思うのですね。
欧州の「中世化」現象は加速するか
木村:そうですね。欧州連合(EU)は「欧州統合の家」と称され、国民国家を超えた巨大な実験場と考えられてきました。しかしながら、近年、綻びが出てきて、実際に英国の離脱が起こりました。
水野さんが言われるように、長い目で見ると世界帝国(海の帝国)から地域帝国(陸の帝国)に向かうかたちで、世界はダイナミックに動いていくのか。ヨーロッパ帝国、南北アメリカ帝国、ロシアの北ユーラシア帝国、中国の南ユーラシア帝国といった形で、地域統合の「かたまり」が出てくるのか。もう少し見守る必要はありますね。
ただ、そこで認識しておくべき問題は、「国民国家vsグローバリゼーション」という対立構図が必ずしも明確になっているわけではない、ということです。コロナ禍のもとでは、国々が高い城塞を巡らせて、外国人流入を遮断する水際対策に血道を上げる「中世化」現象が見られました。コロナが終わると、以前のレベルに完全に戻ることはないにしても、また、法人税を下げるなど投資環境の整備をPRして、海外の巨大グローバル企業の誘致競争が息を吹き返すのではないでしょうか。
ですから、一橋大学名誉教授の伊豫谷登士翁氏が「グローバリゼーションと現代の国家は共犯関係にある」と言うのは的を射た指摘だと思います。
「暴走するグローバリゼーション」をどうするか、誰がコントロールするのかについて、英国のブレア政権のブレーンでもあった高名な社会学者アンソニー・ギデンズ氏にロンドンでインタビューしたことがあります。彼は「グローバリゼーションの暴走が続くと、あらゆるところで人間生活に様式を与える伝統が消えていく。あらゆる価値が断片化し、聖なるものが失われていく世界に、私たちは住まうことはできない」と言っていました。
グローバリゼーションを全面的にストップして石器時代に戻ることはできませんが、私たちは文明の分岐点にいる。飽くことのない欲望をコントロールし、地域に根差した「ダウンサイジング」した経済社会を目指さなければならない。
水野:木村さんのご指摘のとおりで、現在、国民国家はグローバリストの僕(しもべ)に成り下がっているのではないでしょうか。ただ、国民国家をつくったのも当時の企業家ですので、本質は今も昔も変わらないようです。木村さんの答えは、「耐えられない」でしょうか。
木村:最近、さぬきうどんの「丸亀製麺」がロンドンに進出したニュースをテレビで見ました。同様に、グローバル化された世界の最先端都市の東京では、世界中のグルメを楽しめますね。私たちはその恩恵に浴していますよ。それは事実。でも、その一方で、ローカルで多様な価値は保ちにくくなっている。「スターバックスコーヒー」は世界に3万3000店以上あるそうですが、街の古い喫茶店は次々と姿を消していますよ。地球がこれほど一神教的な世界に塗りこめられたことがあったでしょうか。
ただね、いったんグローバル文化になじむと、そこから抜け出すのは、口で言うほど容易じゃないですね。10数年前、フランスの極右政党「国民戦線」の創始者であるジャン=マリー・ル・ペン氏にインタビューしたことがありますが、彼は大好きだというコカ・コーラを手から離さないまま、「アメリカ帝国主義はけしからん」とぶっていました。笑いがとまりませんでしたよ。
(後編につづく)
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