岸田首相の「新時代のリアリズム外交」とは何か 「宏池会」が目指す、「清和会」とは異なる政策

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対中外交については強硬論一辺倒の自民党内タカ派とは明らかに一線を引いている。施政方針演説は「主張すべきは主張し、責任ある行動を強く求めていく」「対話をしっかりと重ね、共通の課題については協力し、本年が日中国交正常化50周年であることも念頭に、建設的かつ安定的な関係の構築を目指します」と今のところ当たり障りのない一般論を述べている。

著書では多少踏み込んで「RCEP(東アジア地域包括的経済連携)やTPP協定といった枠組みを主導することで中国を含めた大きな輪を作り、そこに時間をかけてアメリカを巻き込んでいく」と書いているが、簡単な話ではない。自民党内に中国に対する厳しい意見があふれている中、容易に具体策を打ち出すことはできないだろう。

慰安婦合意を反故にされた韓国に対しては当然だが厳しい姿勢を示している。

現代の文在寅政権を「支持率維持のために世論受けする反日に活路を見出そうとしている」、「韓国政治がいくら苛烈でも合意を国際事情で変えられたら信頼関係は保てない」などとストレートに批判、「国と国の国際的約束ほど重いものはなく、韓国がとる態度には、率直に言って腹が立ちます」と岸田氏としては珍しく感情をあらわにしている。

韓国とは政権交代を機に関係改善を模索

日韓合意を無視した文在寅大統領の任期は残り4カ月余り。岸田首相は「原理原則は決して曲げずに、日本の最終的な国益のために折り合っていくことが外交のありようの基本である」とも書いており、ここでも宏池会流のリアリズムを捨てたわけではない。韓国での政権交代を機に、新大統領との間で関係改善を模索していくことになる。

日米中の外交を考えた時、2022年は3国とも重要な政治イベントを抱えているため外交的に動きにくい年だ。アメリカは11月に中間選挙を、中国も秋に党大会を控えている。それらの結果が出なければ、両国とも本格的な外交を展開しにくい。同じことは日本にも言え、7月に予定されている参院議員選挙に向けこれから半年間の政治の焦点は選挙となる。

韓国の大統領選を含め各国の政治体制やその動向が明らかになったのちに、本格的な外交が動き出す。岸田首相が唱えた「新時代のリアリズム外交」の具体像はその時に明らかになるのだろう。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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