親から反対も19歳で「湯灌師」目指した彼女の決意 産育休を機に一度辞めたものの再び就いた理由

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入社してからは、「下積み5年」と考えて一生懸命に仕事をした。5年目に入った頃から、自分の仕事に自信も持てるようになってきていた。しかし、まだ若かったということもあり、仕事を極めてプロになろうとは思ってはおらず、ほかの仕事もしてみたいという気持ちでいた。そうした時、「子どもを授かり、これをきっかけに辞めてもいいかなと思った」という。

「仕事にやりがいはありました。しかし、亡くなるのは突発的ですので、帰宅できる時間がわからなかったり、プライベートの予定を入れても仕事が入ったりして変更しなければならないことも度々ありました。また、つねに神経を使う仕事ということもあり、辛い時期もありました」

入社5年目の2008年に、産育休に入ったが、年子で2人目が生まれたことから、2012年に退職した。だが、再入社することになる。

「年子の子育ては、とても大変でした。子育てしながら、レジのパートなどもしましたが、エンゼルケアとはやりがいが違いました。そうしたことからストレスがどんどん溜まり、身も心もボロボロの状態になりました。エンゼルケアの仕事は、大変で辛かったですが、あの時が一番輝いており、私にはこの仕事しかないと思ったのです」

このままではいけないと前を向き、小幡さんは、2013年に、ケアサービスに再入社した。

再入社後はさらに上を目指した

再入社してからは、小幡さんは、以前と違いプロを目指す方向へと変わっていったが、特に意識が変わったきっかけとなった出来事が3つあった。

1つ目は、再入社してから4年目の2017年に、終活関連の大型展示会で、ケアサービスを代表して湯灌のデモンストレーションを担当することになった。小幡さんは選ばれた理由を直属の上司に尋ねたところ、「小幡さんの湯灌はきれいだし、お客様対応も良くできている」と言われたそう。

「この話を聞いた時に、今の気持ちのままでは駄目だと思いました。会社の代表として見られるのなら、もっと自分に磨きをかけなければいけない。お手当などの技術面だけではなく、所作や姿勢などについてもプロらしくしていかなければならないと意識が変わりました」

翌2018年には、ケアサービスの求人広告用動画に、納棺式の実演者として出演することになった。この時も、同社の仕事に興味を持つ多くの人たちから、会社の代表として見られるのだと強く感じ、さらなる意識改革をしなければと思ったという。

「動画となると、同じ人が何回も観るということもあります。そうすると、すべてのことを相当丁寧に行わないと、あらが見えてきてしまいます。

そこで、お客様から見えるところだけでなく、見えないところまで、例えば、荷物の置き方などについても、見られているという意識を持って丁寧に行うようにしました。また、話し方も気をつけ、階段も音をたてないように上り下りするようになりました」

さらに、この約1年後の2019年に、新人の実務研修を担当するトレーナーに選ばれた。上司からトレーナーに指名された時、「これまで指導経験がなく、人へ物事を伝えることがすごく苦手でしたので、私にできるのかと不安だった」と振り返る。

だが、「トレーナーとして私が初めて教えた後輩から、『小幡さんが行うとこんなにきれいになるのですね』と感動されました。そんなふうに褒められたのは初めてでしたので、自分自身の技術力に自信がついたと同時に、この品質を保っていこうという気持ちに変わりました」。

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