「そうか、その社長さんは、そう考えてはるんか。けどな、そういう考えでは、経営は行き詰まる。その会社は、きっと潰れるで」と意外な言葉が返ってきた。こういう決めつけるような話し方はしない松下が、かなり断定的に言ったことも驚きであった。
絶句している私を見ながら、「あんなぁ、きみ、知恵を出せと言っても、だから、机の上で、ああのこうのと考えていても、生きた知恵は出てこんわ。どんな優秀な人でも、頭で考え、知恵を出しても限度がある。実際に役に立つ知恵はな、一生懸命、動いて、汗を流して、経験して、そうしているうちに、出てくる、生まれてくる、そういうもんや。それを汗も流さんと、最初から、知恵を出そうと、机の上で考えておっても、無駄だわね。わしなら、まず汗を出せ。汗のなかから知恵を出せ。それが出来ない者は去れ、と、こういうな」
そして、再び「その会社、きっと潰れるわ」と私の顔を見つめながら、呟いた。私は、なるほど、言われてみれば、確かに松下さんの言う通りだ。知恵を出せと言っても、その知恵は生きた知恵でなければならない。現場を見て、あるいは、みずから経験し、格闘し、苦しみながら、そこから本当の知恵というものは生まれてくる。いくら考えていても、魔法のように、知恵は出てこない。確かにそうだ。松下さんの言う通りだ。なるほど、なるほどと合点した。「そうか、そうですね、確かに」と頷くと、松下は、破顔、「いや、それがわしの考えや」と言った。松下のこの言葉は、長い人生からにじみ出たものだと感銘もした。
考えるより先に行動し、行動のなかから工夫
以降、考えるより先に行動し、行動のなかから工夫をすること、まず、経験をして、その中から知恵を生み出す努力をするようになった。断っておくが、土光敏夫も、決して、汗の大切さ、経験の大切さを軽んじたわけではない。むしろ、松下と同じように、汗や行動や経験の重要性を十分認識していたことは、土光自身が別のときに、別のところで「考えるより、当たれ。体当たりによって、生きたアイディアが生まれてくる」と言っている。
松下も、相手に応じて話をすることがあった。相手が気の強い強引な性格の人には、人間、謙虚が大事と説き、気が弱く消極的な人には、人間、強さ、積極さが必要と説いていた。土光も、その相手を見抜きながら、言葉を発していたと思う。土光の、二つの言葉は、だから、決して矛盾しているものではなく、知恵を出さない者に、「まず知恵を出せ」と言い、行動しない者には、「まず体当たりせよ」と言ったことは間違いない。
とは言うものの、松下が「潰れるわ」といったプレハブ住宅の建設会社は、それから、数年して、倒産したということを、新聞で読んだときには、本当に驚き、改めて、松下の、あのときの言葉と表情を思い出し、頭のなかを、その言葉と表情が、ぐるぐると駆け巡っていた。
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