闇サイト「シルクロード」が閉鎖されるまでの顛末 犯罪映画の監督・プロデューサーが実話基に制作

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そんなラッセル監督は本作で、すべての報道資料、すべての裁判資料、直接の情報源から追えるすべてのうわさ、歴史アーカイブから見いだせるすべての情報をしっかりと掘り起こしたうえで、これらの真実の中に巧みにフィクションを織り込んでみせた。

「シルクロード」の創設者、ロス・ウルブリヒトを演じるニック・ロビンソン ©2020 SILK ROAD MOVIE, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

「今考えると、この映画は多少の伝記に、ジャーナリズムや推測、フィクションが交ざったものだと思っています。僕は劇中の実在する記録から離れる部分では、彼の物語の中心にあるスピリチュアルな事実に従おうと全力を尽くしました。従って、脚色が入っていようと、これはバイオグラフィーなのです」とラッセル監督は本作について語っている。

「シルクロード」創設者のウルブリヒトは、「経済的自由」と「個人の自由」を重視するリバタリアン(自由至上主義者)であり、それゆえにドラッグの使用も「個人の自由」と考えていたという。そこで彼は、ダークウェブや暗号資産などの特性に目をつけて、違法ドラッグなどを匿名で自由に売買できる、アンダーグラウンドのマーケットプレイスを作りあげた。この仕組みは非常に巧妙で、警察、連邦捜査局(FBI)のサイバー捜査が「シルクロード」の尻尾をつかむことは非常に困難だった。

1日の売り上げは120万ドル(日本円で約1億3000万円)を超えたという。くしくも彼はFacebookの創設者マーク・ザッカーバーグと同い年。ポルノ、ギャンブルなどの例を挙げるまでもなく、インターネットが自由を獲得するためには匿名性が大事だと考え、実名登録をベースとしたFacebookとは真逆の、匿名をポリシーとしたシステムを構築した。このあたりの映画前半で描かれる「シルクロード」興隆のくだりは、Facebook誕生の裏側を描いた映画『ソーシャル・ネットワーク』の闇サイト版という趣もあり、興味深い。

物語に深みを与えるボーデン捜査官の存在

ウルブリヒトは「シルクロード」内で「DPR(ドレッド・パイレート・ロバーツ)」というハンドルネームを使っていた。ちなみにこの名前は、『スタンド・バイ・ミー』『恋人たちの予感』『ミザリー』などを手がけた名匠ロブ・ライナー監督の1987年公開の映画『プリンセス・ブライド・ストーリー』の登場人物から由来する名前であるが、この「ドレッド・パイレート・ロバーツ」という海賊は、代々の海賊たちに引き継がれてきた「名跡」のようなもの。ある意味、個人が特定されることなく、匿名性を何よりも大事にした「シルクロード」を象徴するような名前として印象深い。

ウルブリヒトを演じるのは超大作『ジュラシック・ワールド』(2015年)の出演で一躍有名になったニック・ロビンソン。余談だが、彼は『プリンセス・ブライド・ストーリー』のロブ・ライナー監督の映画『ビーイング・チャーリー』(2016年)では主役を務めており、こちらでは薬物依存に苦悩する青年を好演している。

一方、劇中で、ボルティモアの麻薬取締局に所属していたが、自分勝手で強引な性格や、アルコール依存症が原因で重大な作戦でミスを犯し、サイバー犯罪課に異動になったリック・ボーデンという刑事が登場する。演じるのは『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012年)や『ターミネーター:新起動/ジェニシス』(2015年)で注目を集めたジェイソン・クラーク。中年男の悲哀あふれる役柄に深みを与えている。

窓際族として送り込まれたボーデンは、パソコンもうまく使えずに若い上司からも白い目で見られる始末。だが娘の高額な学費を稼ぐためにも、なんとか手柄をあげたいと考えたボーデンは、慣れないパソコンに四苦八苦しながらも、腐れ縁の情報屋からネット界隈のやり方についてレクチャーを受けて、「ノブ」という名前のアカウントを取得。そこからアナログ的捜査方法を交えながら、次第に「シルクロード」のウルブリヒトに近づき、追い詰めていくさまはある種の爽快感がある。

サイバー犯罪捜査にどんどんとのめり込んでいったボーデンの捜査は、やがて一線を越えていく――。このボーデンという捜査官は、本事件に関わった幾人かの実在の捜査官の要素を組み合わせて作りあげた映画オリジナルのキャラクターだが、彼の存在がウルブリヒトの合わせ鏡のような、表裏一体の存在として描かれており、物語に深みを与えている。 

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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