農家と都会の企業をつなぐ新たな農業ビジネスモデル、「あっぷふぁーむ」の挑戦
もともと高橋さんは、2人の仲間とともにこの日南町にやって来た。農業指導を受けながら、3人でジャガイモやピーマンなどの栽培を始めたが、そう簡単にはうまくいかない。収入が得られるどころか、大きな赤字を抱えることとなり、ほかの2人は日南町を離れた。
だが、高橋さんには都会に戻れない事情があった。学生時代に発症して以来、苦しめられてきたパニック障害の発作が、自然豊かな日南町に来てからぴたりとやんでいたのだ。
自ら野菜の栽培に取り組みながら、農業が抱える課題を実感すると同時に、「この地で本気で農業に取り組もう」と決意した。
高橋さんは、農業に欠けているのは、安定した収入を得るためのシステムであるとつくづく感じていた。その年ごとに単価が変動する不安定な世界で、1年かけて農作物を作るリスクが農家を苦しめているのではないか。
せっかく豊かな自然環境の下でいいコメを作っても、市街地に近い国道沿いの水田で作られたコメと同じ袋に詰められて、十把一絡げで出荷されている。ただ作るだけでなく、売ることまで見据えたシステムを構築しなければ、農家は苦しくなるばかり。
ならば、自分が消費地と日南町の間に立って、販売の部分を担えばいい--。あっぷふぁーむのビジネスモデルはこうして生まれた。
高橋さんの構想を聞いて、町会議員も務める地元農家の三上惇二さん(65、上写真右)は「おもしろい」と思った。三上さんは、集落営農を組織したり、10年前から付加価値の高い特別栽培を始めたりと、地域でも先進的な考えの持ち主。
「この青年は、地元の人間にはなかなか思いも及ばない新しいことを考える」と、都会から来た高橋さんに一目を置いている。
そして、何十年も日南町で農業を営んできた地元農家の人たちが、次々とあっぷふぁーむの企画に乗り出した。今では、7件の農家の約2・8ヘクタールが、「あっぷふぁーむグループ」の水田として管理されている。